序章 北東の風

2/5
前へ
/79ページ
次へ
 ここのところ王は、結果が出ないことに対して、ずい分と苛立ちを覚えているようだった。そのお心も理解できなくはない。これだけ人手を割いているというのに、敵のことは何一つとして見えてこないのだ。まともな執政者なら、気が急いて当然だろう。  おまけに、王は若い。国が違えば、まだ学び舎にいてもおかしくはない年頃だ。聡明であることには間違いないが、おおよそ待つということを知らないのである。 (なれば言葉を慎み、そばで見守ってやるのが重臣としての正しい態度ではないか)  とはいえ、八つ当たりを食らうのだけは勘弁願いたかった。自分は責務をーー、この地位にいるかぎりにのみ生じる責務を、きちんと果たしているのだ。理不尽な小言は、どこぞの能天気なロト女にでもくれてやってほしい。  ふいに、炎が強く揺れる。王が立ち上がったのだ。背中に緊張の色が走った。 「何者か」  衛兵が素早く扉を開いて確認した。 「陛下、彼の者が参ったようです」 「通せ」 現れたのは、これまた若い男だった。黒い装束に身を包み、耳に赤い飾りをつけている。   男は二歩、三歩と足を進めると、滑らかな仕草で王の前に跪いた。 「大変お待たせしてしまい、申し訳ございません。ただ今、帰参いたしました」 「うむ」 「陛下におかれましてはーー」 「面を上げよ」王は厳格な声で告げた。「余計な口上はいらぬ。掟に背くことになるが、事情が事情なのでな。祖先の方々もお許しになるであろう。……して、結果は」 短い沈黙が流れる。顔を上げた男の目が、きらりと光った。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加