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第一章 消えた耳飾り 01
大きく膨らんだ太陽が、今にも顔を出そうと帝都を覗きこんでいる。
ラトアの第三王妃が休む場所、『花の間』は、城の中で最も美しいとされる奥の宮にあった。
シレンは大きく口を開きかけ、慌てて欠伸をかみ殺した。籐を編んだ椅子に座り直し、そっと聞き耳を立てる。物音といえば、深い寝息が背後から聴こえてくるのみで、広大な私室は早朝の静けさに包まれていた。
シレンはほっと胸をなでおろした。第三王妃付きの侍女が、大口を開けて欠伸をしていたとなれば、ラトア人たちに陰口を叩かれてしまう。妙に作法に厳しいのがこの国だ。とかく品とやらにうるさいのである。住みついている人の根は、隠しきれぬほどに野蛮だというのに。
もっとも、野蛮だからこそ、うわべだけの美しさにこだわるのかもしれないが。
シレンは、急いで首を振った。
(余計なことを考えてはだめ。ただでさえ、こちらの立場は悪いんだから)
シューラ姫がこの国に嫁いでから、もう一年が経つ。当初のよそよそしさはさすがに消えたものの、未だに尊大な態度で接してくるのには腹が立った。
シレンは手首に巻きついた、革紐をにらんだ。薄い灰色をしていて、けばけばしい香りを放つ木の枝が飾りとして結びつけてある。
ーーそのコルタの木の枝には、火の精霊が宿っています。
男の感情のない、冷たい声が蘇る。
ーー火の精霊は、女神様の使い。王妃殿下が健やかに過ごされるよう、そばで見守ってくださることでしょう。
シレンたちに対して特にあたりがきついのが、光の司祭と呼ばれる僧たちであった。
彼らは何よりも、太陽教による教えを重んじている。女神のしもべからすれば、月の神を信奉する異国人は目障りなようで、目に見えて避けられているのが分かった。
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