第一章 消えた耳飾り 01

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この革紐は、司祭たちの親玉である宰相から贈られたものだ。暗きを好む月の民が、南国で暮らすのは苦しかろう。なれば強き光を持って、月を凌駕する加護を授けてやろうという、彼のはからいによって作られたらしい。  ラトア人は月の神を軽蔑しているのだ。月の光が弱いという理由だけで。  シレンは下唇を噛んだ。  確かに、青白い月には闇を払う光も、生き物を育む力も存在しない。太陽が消えれば、この世はたちまち冷えて死ぬだろうが、月が消えたところで、生き物たちにさしたる影響はないだろう。せいぜいが、世界中の詩人たちを悲しませるくらいである。  神話で語られる月の神は、繊細な男性だ。平和を好み、音楽と書物とをこよりなく愛している。強さにおいては、女神の足元にも及ばない。 (それでも、御二方は夫婦なのだから) 両者の関係は、対等であるべきだ。同じ立場に立つのは無理でも、敬意を持って接するのが道理ではないか。 「少しくらいくつろいだっていいのよ。ここには誰もいないんだから」 シレンは飛び上がりそうになった。見ると、寝台を仕切る垂れ幕の間から、白い顔がこちらを覗いている。 「王妃殿下。お目覚めでしたか」 「なんだか、夢見が良くなくてね」 王妃はためらうことなく、欠伸をした。 「最近、どうも寝つきが悪いのよ。嫌な胸騒ぎがするの。そのせいか、ずっと悪い夢ばかりを見ているわ」 彼女の言葉に嘘はないようで、その麗しい目の下には、うっすらと青い隈ができていた。それでも、かえって魅力的に見えるのだから不思議だ。  
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