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「当たり前でしょう。宮廷つきでもない、ただの旅芸人を寝室に入れるだなんて。それこそ宰相様に知られたらどうなるか」
唄い鳥というのは、主に音楽で生計を立てている旅芸人のことだ。国から国へ流れるように旅をし、気ままに日銭を稼ぐ。本来なら、城門をくぐることすら許されない身分のはずなのだが、まれに腕の良い者が王族に気に入られて、城に招かれることがあった。
シレンは顔をしかめた。
「まさか、そのようなことをおっしゃるとは。殿下はもう少し賢い方だと思っていましたわ。御姉君のような、世間知らずではないと」
「大げさよ」
「いいえ。ユーリ様もおっしゃっていたでしょう。素性の知れない者、ましてや男の唄い鳥などを、何度も出入りさせてはいけません」
シレンはふぅ、と息をついた。
「殿下はあの詩人に肩を入れすぎています」
その言葉を聞いて、王妃はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「心配しているのね」
「ええ」
「私が謎めいた男にたぶらかされて、逃げ出すんじゃないかって」
「そこまでは申しておりません」
「大丈夫よ。逃げやしないわ」王妃は視線を宙に向けた。「ただ、私は惹かれているだけなの。あの唄い鳥の声ときたら、まるで冬の太陽のように切ないんだから。恋歌なんかを聴いてごらんなさい……」
熱に浮かれた乙女のような口調だ。そう思わせるために、わざと演技をしているのかもしれない。
シレンはため息を深くした。
「今に騙されますよ」
「ふふ。そう思う? 」
「熱をお上げになるのはいいですが、ほどほどになさってくださいね。殿下が姦通罪で囚われるようなことがあれば、ロトに顔向けができませんから」
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