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サァッと温い風が吹き、沿道を飾る笹の葉と、五色の短冊たちが歌を奏でた。
それは商店街の催しで、幼い子らを中心に、きっと美しいであろう夢を綴って捧げたものだ。現代においては、織姫と彦星の逢瀬や、裁縫または詩歌の上達を願う人は少ない。
先ほど陽が沈み、そろそろ月が上り、ちらちら星が見えてきた。天の川が空に架かるかどうかは分からない。けれども美しい夜にはなるだろう。笹の葉がささめく音は、幻想じみた揺らぎを胸の奥に灯し出す。
今ここに、長いあいだ想い続けた彼女が隣にいてくれたなら、まさしくこの夜には希望を見いだせていたはずだと寂しくなった。
愛でるように、短冊の一つ一つを手に取り、眺めてみた。
幼い文字、達筆な文字、崩れた文字、平仮名と片仮名──、それらの語尾は、「~になりたい」、「~になれますように」、「~でありますように」と純粋さを見せ、織姫や、彦星や、その他の天上におわす神々に向けて、五色とりどりの願いをかけていた。
若いカップルのものもある。片想い中の子のものもある。汚れていない恋が、たくさんの心を込めて書かれている。
その中に、『二人がずっと一緒にいられますように。YUKI』とあった。
文字の印象からして、中学生から高校生ぐらいの女の子かな、と思った。
だが織姫も、彦星も、天上におわす神々ですらも、日本人全員の顔と名前は一致していないだろう。ここで言う「二人」と「YUKI」をわざわざ探り当てることもきっとしない。おそらく神々は、YUKIさんの若い恋など応援していない。もしかしたら、どうせ別れるに違いないと蔑しているかも知れない。
四年前の今日、七月七日に、粂井由紀も、この子と同じことを短冊に書いていた。しかしそのときは、俺の名前も共に書いてくれた。
『リュウジくんとずっと一緒にいられますように。ユキ』と──。
七夕の時期、この日本国内で、いったいどれだけの人が短冊に願い事を書くのか。その中に、リュウジとユキというカップルは何組ぐらいいるのか。たとえ日本中を探して一組しかいなかったにせよ、織姫たちは自分らのことで手一杯だ。由紀がそうやって書いてくれてすごくうれしかった。
でも、だから神々が祝福を与えてくれるとは思えなかった。こういうものは気持ちが大事だ。神頼みじゃなく、彼女と本物の絆を紡いでいきたい。仮に神に愛されずとも、二人でいれば何も怖くない。俺たちは出会うべくして出会ったのだ。短冊はある種の宣誓書のようなもの。当時高校生だった俺は、そう思っていた。
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