第二章

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それは姉貴の部屋にあった少女漫画だった。その主人公の男は、見た目がいいだけではない。男にも女にも惚れられて、性格もよくて、自信に満ちて、輝いていた。  俺もこんな風になりたい。  そう思った時から、俺はそのキャラクターの真似を始めた。誰かの真似をすることは、元々得意だった。 常に、あいつだったらこう振る舞うだろうな、という言動をする。そして真似から始まったその行動パターン俺の中に染みついていき、完璧な男として周りに認識されるようになって、陰口を言われることもなくなった。 そして、憧れのアニメや漫画の主人公にもっと近づきたくて、声優という道を選んだ。  実際、この仕事は天職だと思う。事務所の預かり所属になってからは、早く認められたいという一心で、がむしゃらに働いた。 仕事を選り好みしたことは一度もない。裏名義を使った成人向けの仕事も、男性同士の絡みがあるBLの仕事も、ステージで踊るアイドル声優の仕事も、何でも受けた。 そうしているうちに手にしたのが、「スパダリの帝王」の異名だった。 ただ、いくら体裁を整えたところで、本質が変わるわけではない。本当の俺は経験人数ゼロで、周りの目が怖いヘタレな高校生から何も変わっていない。ただ、完璧な仮面が自分の顔に馴染んだだけだ。 声優ファンの中で丹羽瑛と言えば、セクシー、スパダリ、ファンサの神。そんな評価が定着し、後輩が増えて、憧れられる存在となっても、いまだに不安で堪らなくて、エゴサーチをやめられない。  今日も「丹羽瑛」で居続けられているだろうか。実力が伴っているだろうか。 そんなことばかり考えている俺は結局、今でも他人の評価から抜け出せずにいる。  声優の丹羽瑛は、ユニコーンやネッシーに近いんじゃないかと思う。実際は頭に槍が刺さったシマウマやクジラのしっぽなのに、人々の想像の中で勝手に偶像化されている。  でも、声優は夢を売る仕事だ。 自信がなくてヘタレな俺のことは、誰も知らない。それでいい。そうでなくてはいけない。 そしてもう、一生恋をすることなんてないんだろう。そう諦めていた矢先、俺は夏生くんに出会った。
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