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「夏生くん」
「……あっ、お疲れ様です」
その人は振り向いて、前より少しやつれた顔を、ばつが悪そうに歪めた。
自分から連絡を絶っておいてそんな顔をすのは、ずるい。
「新作、できたんだね」
ストレートに「俺には見せてくれなかったんだね」と言う度胸は、俺にはなかった。
焦りを隠すために作った笑顔が、逆に威圧感を与えなかったか心配になる。夏生くんは、更に気まずそうな顔をして唇を噛んだ。
「すみません……見せるって約束したのに。でも、これには訳があって」
ワケ、ね。そんなの、一つに決まってる。
「ごめん。失望させたよな。俺が間違ってた」
丹羽瑛が童貞なんて、嫌だよな。そう続けようとした時、縋るような声が遮った。
「違うんです。本当に……、丹羽さんのせいじゃなくて」
俺のせいじゃなければ、何のせいだと言うんだ。確かにあの日、夏生くんは酷く泥酔していたけれど、それについて俺は何も思わなかった。むしろ、そんなところも可愛いと思った。だから、
「問題があるとすれば、俺の方に決まってるだろ。何でそう認めることすらしないんだよ」
「だから、違うって言ってるでしょ。その、あぁもう……このままは嫌なんで、これが終わったら、うちに来てもらえませんか?」
予想外の言葉に思わず顎を手で覆う。ふいに触れた自分の手は、想像したよりずっと冷え切っていた。
幸い、今日はケツに仕事は控えていない。誘われた打ち上げに参加しないのは気が引けるけれど、たった今、仕事上の体面より大事な用事ができてしまった。
「分かった。行くよ」
じゃあ後でと別れてブースに戻ってからも、ずっと関係者席だけに気を取られてしまう。
でも皮肉なことに、真白のセリフと今の俺の境遇が少し重なって、いつもより迫力が出ているのが自分でも分かった。
『十年先も、二十年先も、俺はお前に会いたい。嘘じゃない。信じてくれ』
このセリフを、夏生くんがあの狭い仕事場で生み出したのだと思うと何だか不思議だ。
俺と出会い、その点が深く交わる夜があること。俺が夏生くんをこんなにも意識してしまうようになること。初めから、その全てを知っていたのではないかとさえ思えてくる。
戸惑い、恐怖、そしてほんの僅かな胸の高まり。いろんな色が混じった感情を、そのままマイクに乗せた。世界中に俺の恋を知らしめてもいい。そんな気持ちで――。
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