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第三章
酔った勢いでエッチするなんて、俺が今まで一番軽蔑していた類の行動だ。それなのに、まさか自分が憧れの人にしてしまうなんて。
あの日、死ぬほど後悔した俺は、身を引くことだけが、丹羽さんを汚してしまったことの唯一の償いになると思い、少しずつ丹羽さんの前から姿を消すことにした。
そして全て外界との接触を断ち、憑りつかれたように液タブに向かった。
あの日の丹羽さんのことを思い出すと、するするとペンが動く。目が乾燥し、背中がバキバキになっても、描きたい画がとめどなく溢れてくる。食事も睡眠もいらないと思うほど仕事に没頭したのは久しぶりだった。
あの時の丹羽さんの声、顔、感触、緊張、優しさ。覚えている全てを線に乗せて、できる限りその輪郭を辿ろうとした。
俺はそのくらい、あの夜を忘れたくなかったのかもしれない。もう、一生あんなことはないから、せめて記憶が零れ落ちる前に書き留めておきたかったのかもしれない。
漫画の内容は、ほぼあの日のドキュメンタリーだ。でも、このキャラのモデルが丹羽瑛だと気づく人は一人もいないだろう。何せ漫画の中の彼は、皆が知る丹羽瑛とは、まるで別人なのだ。
俺はあの日の思い出を作品に閉じ込めて、余生を生きていくつもりだった。
それなのに……。
「夏生くんのことが、好きだ」
今、丹羽さんが俺の目を見て、俺の名前を呼んで、好きだと言っている。
彫刻のように美しい指がページをめくると、俺が魂を込めて描いたコマが現れた。
『好きだ』
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