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とびきりの生肉を前にした獣の視線を彷彿とさせる息遣い。
あからさますぎる反応を見抜かれたのではという羞恥心と、これからもっとその声に攻められるのだという高揚がぐるぐる混じって、脳がブラックアウトしてしまいそうだ。
『力を抜いて。そう……私に委ねてください』
「は、はい……」
返事をせずにはいられない。だって、ほろ苦い声のスパダリが、俺にこんなことを言ってくれているんだから。
『お召し物、脱がせてもいいですか?』
「はいっ、自分で脱ぎますっ!」
そうでなくても声の主が俺のジッパーを下げてくれるわけなどないのだが、せっかくの気分を壊さないよう、他人行儀に自分のズボンと下着を外す。露わになったそこは元気に起き上がって、今にもどくどくと脈打ちたいと言わんばかりの勢いでいきり立っている。
この状況を傍から見たら、ヘッドフォンをした男が目を閉じて自慰をしている哀れな光景だろう。でも俺の聴覚だけは、確かにそこに「彼」がいることを脳に、体に伝えている。
『指、二本入りましたよ。こんなに濡れて、ぎゅうぎゅう締め付けてくる』
セリフの端々から、このCDが女性向けに作られたものであることが窺えた。
でも、俺はこんなことで諦める男じゃない。だって俺にも、ぎゅうぎゅう締め付けることができる器官が備わっているじゃないか。
音声を一時停止し、ちょうど届いていた小包を開ける。緩衝材を取り除くと、毒々しい紫色のバイブとローションの瓶が入っていた。
少し怪しい通販サイトだったから警戒していたけれど、しっかり注文通りの品が届いたようだ。バイブの絶縁シートを取り除き、スイッチらしき窪みを長押しすると、ヴーッと音を立てながら、太い棒が規則的に伸び縮みして震え始めた。
透明の液体を玩具の先端に垂らし、手の感覚が曖昧になるのも構いなしに、バイブを握ってPCの前に戻る。そして椅子には座らず、机に手をついて中腰になったまま、ヘッドフォンを装着した。
ローションが垂れないように留意しながら、震えているそれを入り口に宛がうと、刺激に飢えていた俺の肉襞が切なげに疼き出した。
お待たせしました、と再させると、声の主はさっきまでと変わらないテンションで俺に語りかけてくれた。
『ほら、あなたのナカ、私の指でこんなに乱れてますよ。こんなに腰が動いて……淫らな人だ』
セリフに合わせて、ゆるゆると腰を前後に振る。それだけで、すごくいやらしい行為に及んでいる実感が湧いてきて、俺の中の隠れた欲望が満たされていく気がした。
物欲しげな前を左手で握り、もう一方の手で男性器を模した道具を突き立てながら、快感という頂上をめがけて、戻ることのできない山路をずんずんと進んでいく。
『まだ……イかせてあげませんよ。このままもっと、焦らしてさしあげましょう』
間を完璧に理解した心地よい語り口。内容が内容でなければ、落ち着いてまどろんでしまいそうだ。
この行為が終わったら、この人の寝落ちCDも探してみよう。そんなことを考えていると、がら空きだった左耳にいたずらっぽく笑う声が深く響いてくる。
『ふふ……冗談です。本当はさっきから、ずっと、こうしたくて仕方がなかった。これ以上、我慢することなんて……できないっ』
余裕のなさそうな声。さっきまでの慇懃な言葉遣いと焦らし続けていた丁寧な愛撫が取り払われ、欲望が剝き出しになる。
そして野性的な吐息の背後に、太い幹が入ってくる粘着質な水音がした。
一方、俺のナカを人工的なリズムで掻き回す道具も、潤滑剤と粘膜と混じって、どろどろに俺を蕩かしていく。
『ああっ、いい……すごく、いいよ』
「はっ、ああっ、お、俺も……」
まだ見ぬ丹羽瑛の顔を想像する。きっと凄まじくハンサムで、セクシーな男に違いない。そして真っ白なキャンバスを汚すように、その完璧な顔を快楽という色で歪ませる。
『もう……止められない。気持ちいいよ』
「俺もっ……きもちい……」
『このままっ、出しても……いいだろうか』
「あっ、あ、ん……出して……ください」
苦くて甘い声が、切なく息を荒げる。両耳にそれを浴びて、俺は理性どころか、意識も飛ばしそうなほど夢中になっていた。
今、俺は最高のスパダリに背後から突かれている――。
そう思った次の刹那、張りつめていた糸が切れて、一気に快楽が駆け上る感覚が襲った。
「あっ……、出るっ、イく……!」
息を整えて瞼を開けると、CDケースの上にべったりと、白いものが迸った跡があった。
最悪だ。よりによって妹からの借り物のイラストに顔射とか……。
『愛してるよ、ダーリン』
変わらず語りかけてくる声が、醒めた脳には過剰演出に思えて、そっとヘッドフォンを外す。
「はは……やっちゃいましたよ、『ダーリン』……」
結局、次回作の参考にはならなかったな、と俺は静かにため息をついた。
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