第一章

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「へっ、今アニメって言いました?」 「そうなんです! おめでとうございますぅ。バラキス、テレビアニメ化ですよ!」  その翌日、呼び出された出版社で、俺は耳を疑う単語を聞いた。  バラキス、正式名称『白バラのキスはいつも真夜中』とは、俺史上最大ヒットを記録中の王道スパダリファンタジーだ。それがなんと、テレビアニメ化されるとこの人は言っているんだろうか。  だがあんな過激な、というか、ヤることヤってしかいないような作品を、どうやって地上波で流すというのだろう。放送コードに引っかかる箇所をカットしたら、全編足しても五分くらいしかアニメにできないんじゃないか、とわが作品ながら思うのだが……。 「先生の言いたいことは分かりますよ。そうですよね。公共の電波になんて乗せられるのかって……っふふ、すみません」  自分で分かっていても、他人に言われると癇に障ることというのは意外に多い。  笑ってんじゃねえ、と目を細めると、仲村さんは慌てて咳払いをした。 「地上波で流すTV版と、ネットで課金した人だけが見られる限定版の二種類を配信する、という予定だそうです」  なるほど。それならば理解はできる。それでも声優陣にはかなりハードな演技を要求することになるが……と思った時、昨日オカズにした例の「ダーリン」の声や舌の音が蘇ってきて、慌ててブンブンと首を振った。 「で、キャストなんですけど、一応原作者の榊木先生にお伺いが来ていて、まあオファーが絶対通るとは言えないんですが、要望はある程度聞くと制作サイドから……」 「……丹羽瑛」 「えっ?」 「……え?」  俺、今とんでもない固有名詞を口にしなかったか? どうやら数回首を横に振るくらいじゃ、思考は飛んでいったりしないらしい。 「もしかして先生、あきしゃまのファンとかですか?」 「だ、き、ち、ちがっ、違うんだけど……に、丹羽瑛さんとか、ちょうど真白のイメージに、あ、合うんじゃないかなあと思って……」 「分かります! もし、あきしゃまが受けてくださったら……あー、尊いです。クールで華やかな真白様の雰囲気にもぴったりですし! 要望、伝えておきますね」  一人で頷きながらメモ帳にペンを走らせる相手を前に、俺はわたわたと右往左往した。  なぜ勝手に話がまとまっている? こんな軽い感じで決まっちゃっていいのか? 丹羽瑛さんの気持ちを考えてみろ。こんな低俗アニメの声優なんて、オファーされていい気持ちになるわけがない。  大体、作者が直々に名指しするなんて、どう考えても気持ち悪すぎる。やっぱりここは、もっと慎重になった方が……。 「ちょっと待って仲村さん……」 「あ! そうだ。先生、次のネーム、できてるとこまででいいので、見せてもらってもいいですか?」 「えっと……、ネーム? 何のことですかねぇ。ネームといったら名前。名前ですか? 僕の名前は榊木夏生。あ、本名は川野ですけど……」 「分かりました。もう茶番は結構です。ということは、今度こそ約束通り、スパダリから卒業してくださいますね?」  もし次にネームが上がらなかったら、今後は編集の意向通り、流行りのジャンルに転向する。それが二か月前に仲村さんと交わした約束だった。デビュー当初からスパダリに懐疑的な彼女が、それを忘れるはずがない。 「俺の真骨頂はスパダリだよ? 次こそ『バラキス』を超えるスパダリを描くからさぁ」 「先生。確かに『バラキス』は成功しました。ありがたいことにアニメ化もします。でも、スパダリも強気受けも、本当は時代遅れなんです。だいたい、先生の出される作品の登場人物、全部似すぎなんですよ」  正論だ。落ち着いたトーンで言われてしまうと、返す言葉もない。言葉の鉈で削られて、鰹節のカスみたく摩耗した俺に、仲村さんは「大丈夫」と笑いかけた。 「次、頑張ればいいんですから。次回作はハートウォーミングな、新しい愛の形をテーマに、新時代のBLを、榊木先生にしか描けない視点で描いてください」 「ハート……ウォーミング」  それはきっと、手枷も媚薬も人身売買も封印して、学校やらピクニックやらを登場させなきゃいけない、ということだ。  スパダリこそが最強なのに。そうじゃない不完全な男なんて、現実世界に飽和してる。  俺達オタクが二次元にすがる理由は一つ。作り物のキャラは絶対、裏切らないから。現実の人間はすぐに裏切るし移り気だ。なら、俺が考える最高を追求して。何が悪い。  だけど、実際俺の話がワンパターンなのは間違いない。売り上げが巻を重ねるごとに伸び悩んでいることも、スパダリ攻めに限界を感じていることも確かだ。  そうは言っても、俺にそれ以外のキャラクターなんて描けるんだろうか。  そんな悩みでキャパの狭い脳みそをパンパンにしているうちに、自作がアニメ化されるという吉報も、俺が丹羽瑛を指名したことも、家に帰る頃にはさっぱり忘れ去っていた。
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