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「じゃあ、シャンとして。行くよ」
そう言うと康子は細く息を吐いた。康子も緊張しているんだと、俺は弱音を吐いてばっかりだったさっきまでの自分を反省した。
「ただいま~」
玄関のドアを開けて康子が言うと、家の奥からスリッパの足音がパタパタと近づいてきた。
「おかえり~」
康子そっくりにやわらかく笑う女性が出迎えてくれた。確実に康子のお母さんだと思った。
「あ、あの、はじめまして!」
俺は激しく深く頭をさげた。
「あら、あなたが真一さん? はじめまして」
「本日は貴重なお休みのところ、急にお邪魔させていただく形になりまして、誠に恐縮で、その……」
あれだけ練習した最初の挨拶が一瞬で頭の中から消えてしまった。
「もう、リラックスしてよ。恥ずかしいな~」
康子がしかめ面をして肘で小突いてきた。
「ふふふ。さあさあ、中へどうぞ」
そう言って康子のお母さんは俺たちの前にスリッパを並べた。
「は、はい、失礼します!」
俺たちはそろって靴からスリッパに履き替えた。康子が俺の靴まで揃え直してくれた。
「さ、お父さんもお待ちかねよ」
康子が靴を揃えるのをほほえましく見つめながら、お母さんが俺たちに微笑みかけた。
「お、お父さんがお待ちかね!」
お父さんという言葉に俺の緊張がぶり返した。
「お父さんね、朝からソワソワして、おかしいったらありゃしない。ふふふ」
俺の心の中に『お父さんを朝からソワソワさせていた』ことへの申し訳なさがボコボコと湧き出し始めた。
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