15人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
お母さんは座っている康子の後ろに立つと、強引に康子の腕を引っ張った。
「邪魔するならこっち来てお料理手伝ってちょうだい」
「あ、ちょっとそれは……」
親想いな康子がお母さんに反抗している。俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「ぴーぴぴぴぴ。ぴぴぴ、ぴっぴぴぴぴ」
「ほら、お父さんもそう言ってるじゃない。さあ、こっち来て」
お父さんとお母さん、両方にお願いされたら親孝行で有名な康子は従わざるを得ない。康子はしぶしぶ立ち上がった。
「うー、ごめん、真一さん! あとはひとりでなんとかがんばって!」
「えー! ちょっとちょっと!」
後ろ髪惹かれるように俺に向けて伸ばした康子の手を、俺は掴もうとした。
「ほら康子、早く来なさい!」
お母さんの催促に康子の手に触れることは叶わなかった。康子は台所に引っ張られていった。
「がんばってー!」
「康子ーっ!」
ペタペタペタと二つのスリッパの足音が台所へと消えていった。
「ぴぴぴーぴ。ぴぴぴー」
「えっと、あっと、その」
「ぴぴぴーぴぴぴぴ。ぴぴぴぴぴーぴ」
「あー、えーと、そのー」
康子がいなくなった今、お父さんの笛言葉は皆目見当のつかないものになった。これならモールス信号を打たれた方がまだわかりそうなものだ。
俺は返事をすることもままならなくなり、部屋の中がしばらく静かになった。
何か喋らないと、でもなにを? と俺が悩んでいると、お父さんが重い口を開いた、ような感じで話し始めた。
最初のコメントを投稿しよう!