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「あー、緊張してきた」
もうすぐ康子の家だというのに、俺は帰りたくなっていた。
「もう、真一さんったら。そわそわしないで。大丈夫だから」
康子がやわらかく笑った。
リラックスした康子の態度に『なんだかんだ言って他人事だよな』と俺は恨めしく思った。
「今日俺があいさつに行くこと、ちゃんとご両親に言ってあるよね?」
「ちゃんと伝えてあるわよ」
「『結婚させてください!』って言いに行くってことも?」
「大丈夫。それとなく言ってあるから」
「お父さんにも?」
康子は強めに俺の肩を叩いた。
「なによ、もう。結婚する前にそんなに頼りなくてどうするの?」
「だって、お父さんって柔道黒帯だろ? あの超一流企業のアールトリコーダー商事のやり手営業部長さんだろ? あ~、なに言われんだろう?」
想像が俺の恐怖心を揺さぶった。俺は落ち着きなく両手をすり合わせた。
「だから大丈夫よ。いたって普通のお父さんだから。そりゃあ、柔道やってたから体は大きいし、ちょっと微笑んでも怒ってるって思われるぐらい怖い顔してるし、真面目で頑固な性格だから嘘をつく人や誤魔化す人を見たらすぐ怒鳴ったりするけど、話してみればお茶目で気さくなところもあるんだから」
脊髄から上がってくる寒気は冬のせいだけではなかった。
「嘘をつく人や誤魔化す人を見たらすぐ怒鳴る!」
「しっかりしてよ~。なにもやましいことはないんだから堂々としてればいいんだから」
康子が今度は俺の背中をバンと叩いた。寒気が少し発散された気がした。
家の前に着くと康子は立ち止まり『こっち向いて』と俺に手招きをした。
言われるがままに康子の方を向くと、康子は俺のネクタイや髪の乱れを直しはじめた。よしよしよしと指差し確認が終わると、康子は自宅玄関の方へと向き直した。
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