恋文

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拝啓 立春の候 ■■様におかれましてはますますご清福にお過ごしのこととお慶び申し上げます。 このように堅苦しい形式ばった御手紙でしか貴方様に言葉を届けられぬこと、とてももどかしく思います。ああ、ああ!毎日お会いしていたのに、どうして私の口はこうも強張り、緊張のあまり泪あふれるのでしょう。貴方様にお会いするといつもこうなのです。ですから、初めて御手紙を書きます。 私はいつも籠の中の鳥で、外を知らずに生きてまいりました。両親は厳しく、私がお外で遊ぼうとするのを嫌がりました。きょうだいたちは各各自由に駆け回っては戻ってきましたが、私は愚図だから怪我をしてしまうかもしれないのですって。貴方様に出会ったのは駆けまわるのも厭になる冬の雪の日でしたね。 私、貴方様を一目見て自由な空を想いましたの。きょうだいたちはたしかに自由に駆けずり回って見えましたが、結局お母さまとお父さまのもとに帰ってくる玩具に過ぎないのですから。貴方様のふわり、ふわりと何にも囚われない自由な御姿に私はほんとうの自由を夢見たのです。 皆、どうしてか貴方様に構わなかったから、私だけが貴方様に顔を向けて――でも矢張り私は貴方様に終ぞ話しかけることはできなかったのですけど――貴方様も私に顔を向けてくだすったのでした。 私、思いましたの。これは恋なのでしょう。初めて、どきどきと心臓が高鳴りました。これが恋なのでしたら、ねえ、ずいぶん意地悪ですこと… あれから、何度も貴方様はうちに出入りなすって、次の冬がくる頃だったかしら。貴方様は初めて御声を聴かせてくださいましたね。鬱陶しく駆けずり回るきょうだいも汚く罵り合うおとなも掻き分けて、貴方様は紅を一筆塗ってくだすった。私には紅が似合うのだと、仰って。 私、恋しましたの。初めて貴方様に恋しましたの。あのとき私は籠から解き放たれて、自由になりました。 もういちど、もういちど解き放ってくださらない?白い檻の籠から、私に似合う紅をお持ちになって。どうか――……
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