第九話 恋歌

1/1
前へ
/20ページ
次へ

第九話 恋歌

 新曲を書こうとなった原因は、実は鉄郎にある。  遥が少し吹っ切れたハイキング直前よりも少し前の事。 「新曲が聴きたい」 「「「はい?」」」  軽音部の活動を行っていたその放課後。  元貴のベース練に付き合っていた鉄郎が不意に、それに飽きたように呟いた。  飽きたように、というか、実際に厭きた。  そして、駄々をこね始める。 「俺は、双子の新曲が聴きたいったら聴きたい」 「あ! おれも!!」  それに元貴が乗っかる。  双子は揃って眉間に皺を寄せた。  全く同じ顔で先輩と同級生に反抗する。 「いや、オレらの持ち曲が一曲なのはそうホイホイ浮かんでくるわけじゃねぇからだから、今すぐは無理」 「あたしらだってそう簡単に書けるなら書いてるよ」  いくら、Twitterのフォロワー数がどんどん増えていっているからとはいえ、双子は遥のような天才型ではなく、努力の人だったりする。  華澄も日々、浮かんだ言葉を専用のノートに書くようにしているし、匠海だって毎日、作曲をしようと五線譜に向かっている。  だけど、どうしてもしっくりこない。  双子は負けず嫌い故、それが悔しい。 「えーーーーーー!!」 「「五月蠅い五月蠅い」」  そんな努力も知らずに元貴、基、音楽初心者はブーイングをかまし、双子に怒られていた。 「まあ、俺は今すぐとは言ってないけどな」 「「「え??」」」  鉄郎は、自分のリュックから、ある紙切れを取り出す。  二年前の文化祭のしおりだ。  とん、とゴツゴツした指が『バンド演奏』の『軽音部』の欄を指す。 「去年は、文化祭前にはもう軽音部がバラバラになってた時期だったから一昨年のだけど」  『バンド演奏』は六組いる中で二組が有志、残り四組が軽音部所属のバンドで、今では聞いてて恥ずかしいような名前のバンドもいる。  その『軽音部』の欄を見ていると、自分たちが知らない曲名もある。  そのバンドの名前の下に完全オリジナルと書いてあった。  もしや・・・・・・。 「ここまでに、間に合えばいいんだよ。大体、ベースがこんなだし、完璧にバンドスコア作れるやつなんか俺は一人しか知らないし」  ベース担当、元貴がえへっと可愛い子ぶる隣で、双子は同じところに関心が行っていた。 「バンドスコア作れる人って?」 「親父さんとか?」  ギターで作曲できても他の楽器のコードが作れないと意味がない。  元貴は初心者だし、生憎、鉄郎も完璧には作れない。  双子も他の楽器の作曲は苦手としている。  では、誰が作る?  双子が作った骨組みに、誰が肉を付ける?? 「それはまだ内緒。別の部活にいるから今勧誘中」 「え? でも、てっちゃん先輩、その人抜けても部活大丈夫なの?」 「元貴君が珍しくするどーい!! そいつ、副部長なんだよね」 「「「ダメじゃん!!」」」  匠海と、華澄も思い当たる人物がいる。  空手部副部長、玖木遥、その人である。  でも、まだ公表しないなら、控えておこうと双子は思ったので、お互いにアイコンタクトしておいた。 「まあ、こっちには興味ある奴だから、ちょっと叩けばいける」 「無理はしないでね」 「お! 華澄ちゃんが俺の心配を!!」 「いや、無理な勧誘はしないでねって言ったの」 「へ~いへい」  軽い返事をするも鉄郎が真剣に考えてると、華澄は何となくわかる。  嗚呼、優しい人だと思う。  きっと、音楽を諦めてるあの人を救おうとしているんだ。  それは、匠海も感じ取った。  あの時、初めて一緒にファミレスで食事した時。  親に内緒にしていることを話している遥の隣で、鉄郎は不機嫌顔をしていた。  きっと、また一緒に、音楽をしたいんだ。  叶えてやりたいと、双子は想う。  華澄は、鉄郎の為に。  匠海は、遥の為に、動いた。 「「やってやろうじゃん」」 「お、双子がやる気になったよ! てっちゃん先輩!!」 「よっしゃ!」  双子がノートと五線譜を広げだし、「じゃあ、おれも頑張るよ!! 指導オネシャス!!」と元貴もやる気になったので、まあ、結果オーライである。  でも、作詞作曲の邪魔になるからと双子は他の二人とは離れて二人でこそこそと相談を始める。  最初は、鉄郎も元貴もブーイングしたが、じゃあ、中途半端でいいのかと双子に聞かれて渋々、彼らとは離れた位置でベース練習を開始した。 「テーマは?」 「そこだよな。何か明確な、何かが・・・・・・」 「・・・・・・『恋』。『初恋』」  明確なテーマを探していた時に華澄の目についたのは、真剣に元貴にベース指導する鉄郎で。  冷やかそうともしたが、自分にも降りかかりそうな災厄を前に、げ、っと匠海は嫌な顔をした。 「・・・・・・なによ」 「・・・・・・お前さ、『初恋の曲』を『初恋の人』の前で歌うの?」 「・・・・・・だって、」  だって、それなら浮かぶんだもの。  口を尖らせる姉に、弟は仕方なしに付き合ってやることにした。  それから、華澄は割とスラスラと言の葉を紡げているが、匠海は中々に苦戦している。 「(・・・・・・やっぱ、遥は軽音に必要だな。キーボードとしても、欲しい)」  今も、遥が欲しい。  それは、恋仲になりたいんじゃなくて、音楽の相棒にしたいのだ。  遥への恋心は封印した。もう出てこないはずだ。  今はただ、生涯ずっと、遥と音楽をやりたい。それが鉄郎の願いだ。 「(・・・・・・それにしても、華澄の集中力すげぇな)」  彼女の弟も中々集中して作曲に励んでいるが、華澄はさっきからノートに向かい、一度も頭を上げない。iPhoneを見たと思ったら、何かを調べて、またノートに向かう。其の繰り返し。  それが彼女が学年首位である所以だろう。 「てっちゃん先輩、お腹すいたから購買行っていい?」 「成長期だな~! いいぞ。ついでに皆の分飲みもん買ってきて」  鉄郎は腹をすかせて購買に行きたがる元貴に千円札を財布から渡し、飲み物を買って来いと命令した。  すると、ちょうど匠海も休憩したいからと元貴についていった。  ふと、二人きりになった部室の華澄の前の席に座る。  気づかない華澄。  ―トントン  鉄郎はわざとらしく机を指で叩く。 「・・・・・・? ひえっ!?」 「いや、お前の集中力すげぇな」 「び、びっくりした・・・・・・」  顔を上げたと思ったら、恋のお相手、てつセンパイがニヤニヤしながら前の席に座っていて驚愕する華澄。  集中しすぎて元貴と匠海が出ていったのも知らず、狼が近づいてきたのにも気づかない。  鉄郎は、そんな華澄が危なっかしいなと思う。 「どうしたの?? あの馬鹿二人は??」 「ガキどもはおつかい中。飲みもん買いに行った」 「あ、ああ、そう・・・・・・(なんで二人きりにしたのよ、あの馬鹿!!)」  不意に鉄郎が華澄のノートを覗いた。  それに気づいた華澄が悲鳴を上げる。 「ぎゃああああああああああああ!!」 「うるせ~。つーか、お前の初恋の相手最低野郎じゃん」  見えた一文には、初恋の相手の事が書いてあった。  貴方は女の子を惑わせるとか、少し軟派な男の様だった。  まあ、鉄郎の事なのだが。 「あんたも十分最低よ!! 見ないで!!(あたしの初恋ってあんたですけどね!!)」 「いや、最終ライブで披露するやつだろ。俺、ドラムな?」 「ぐぬぅぅぅぅ」  ぐうの音も出ない。  しかし、元貴と匠海が遅い。 「・・・・・・ねぇ、センパイの初恋っていつ? 今、彼女いる?」 「なんだよ急に」 「・・・・・・なんか、気になった」  華澄は玉砕覚悟だった。  こんなモテ男、女子は放っておかない。  嗚呼、あたしって馬鹿女だなぁ。と嘲笑する華澄。  鉄郎は一息おいてから語りだす。 「・・・・・・初恋は三歳。それをこじらせて、俺は中学時代は女遊びしてて、ついこの間相手に好きな奴が出来たと」 「・・・・・・馬鹿じゃん」 「馬鹿だろ? でも、踏み出せなかった。踏み出しちゃいけなかった」 「・・・・・・ねぇ」 「何」 「それって・・・・・・」  鉄郎は自分の唇に人差し指を置く。  そして、泣きそうに笑った。 「ガキども遅いな」 「割と、・・・・・・やっぱり」 「「・・・・・・あーはは・・・・・・」」  遅いなと思ったら、お馬鹿二人は、部室に狼と赤ずきんが二人きりだ!! と大慌てで買い物して走って戻ってきたくせに、入るタイミングが分からなくて入り口で座り込んでいたのだった。  そして、彼らが走ってきたせいで元貴の買ったコーラが部室内で大噴射して大騒ぎをして一日を終えた。  華澄は、その悲しく笑った今日の鉄郎を、一層、愛した。  貴方のためなら、泣いたっていい、と思うほどに・・・・・・。 ―つづく―
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加