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第十話 合同ハイキング
合同ハイキングの日。
バス内で華澄は一番後ろの四人かけの座席で、入学式からずっと一緒の友人たちに詰め寄られていた。
ちなみに華澄は左から二番目、右から三番目の真ん中の位置に座らせられている。
「華澄ちゃんの立ち位置が羨ましい」
「でも、華澄ちゃんにはなれない」
「では、聞いてください」
「「「学校で超有名なイケメン四人とハイキングとかどんなハーレム」」」
華澄は詰め寄る友人三人組に押しつぶされそうになりながら内心、心底、めんどくせぇ・・・・・・と思っていた。
先輩二人は確かにイケメン。しかし、匠海は弟だし同じ顔だし、元貴は普通じゃん・・・・・・。と言いたくても言えない雰囲気だった。
「元貴君は話せるイケメン!」
「「わかる~!!」」
「(話せるイケメン、とは)」
元貴は確かに普通で、中学時代励んでいた陸上をやめて、最近ぽっちゃりしてきたが、ややイケメン寄り。明るいし人懐っこいからクラスが違っても話しかけやすいらしい。
だがしかし、あいつは普通ちゃうか? あいつはただの巨乳好きのスケベなアホやで、と言いかけて辞める。
「匠海君は顔も体型もモデル並みで憧れちゃう!! 流石、華澄ちゃんの弟!!」
「「わかる~!!」」
「(いやいや、あいつ、男をオカズにしてるゲイですぜ。そして、なんかあたしも褒められた希ガス)」
姉の華澄からすれば、確かに、年々男前にはなったし、家事も手伝ってくれるし、よくできた弟だけど、あんたらの思ってるような男やないで、と言いかけて辞める。
「先輩たちはもう絶世の美男子よね~!! あ、でも、二人でいるとちょっとただならぬ気配する」
「「わかる!!」」
「(それは、わかる)」
鼻息の荒い三人にそっと、今日初めて同意した。
鉄郎を好きな気持ちは嘘ではないが、如何せん腐女子の華澄が出ると彼と遥が恋人でもいいんじゃないかと思っている。
だからか、鉄郎の初恋の相手はまさか、と思ったのだ。
「(初恋は、実らない)」
初恋は実らないとはよく言うが、実際、恋をしてみると何もままならないのに、上手くいかない。
恋って、難しい。
・・・・・・両親の恋はどんな色をしていたんだろう。
自分たちを授かったことで極彩色からモノクロームに変わったんだろうか。
なら、今は・・・・・・。
華澄は頭を振る。
考えても仕方ない。
あの人たちはもう帰ってこないし、自分には匠海がいる。
軽音部がある。友人がいる。
きっと、この先、自分の恋も上手くいく時が来るはずだ。
ミーハーな友人たちの話に耳を傾けながら、華澄がそんなことを思って、地元から一時間半。
地元は都会ではあるがやや田舎に近く、しかし周りは地元よりすっかり緑に囲まれていた。
バスは停まり、華澄たちは降りる。
「あーーーーー!! 華澄ちゃーん!!」
「「「きゃあああああああああああ!! 元貴くーん!!」」」
「「(うるさ・・・・・・)」」
一組のバスから、やたら元気な元貴と、グロッキーな匠海が降りてくる。と、元貴が華澄御一行を見つけて走ってくる。
友人たち、というか、クラスの女子は絶叫。黄色い声が上がっていく。
「おお・・・・・・!! みんな元気だね!! おれも元気だけどね!!」
「「「んんんんんん、可愛い・・・・・・」」」
無邪気にはしゃぐ元貴に、全女子(華澄以外)が天を仰いだ。
「でも、匠海が元気なくて」
「こいつ、車酔いするんだよ。酔い止め飲んだのにね? バスの中で寝た?」
「・・・・・・隣でこいつが騒ぐから寝れんかった」
「あらら・・・・・・」
「ごめんて~」
こてっと、華澄の肩に匠海は項垂れ、華澄はその頭を優しく撫でる。
すると、他の女子は美しい姉弟愛にまた天を仰いだ。
そして、美形双子がイチャイチャしてたと、のちにタイムラインで拡散されるのだった。
「昨日あんま寝れなかったでしょ? だからしんどいんだよ」
「・・・・・・なんで知ってんの」
華澄はにやぁと笑う。
おかしい。確かに眠れなかったが、昨日は自慰はしていない。
いや、待てよ、こいつ今日あの人と一緒だから、緊張して眠れなかったことに気づいているな・・・・・・。と、嫌な汗が出てくる。
今日は余計なことを言われないよう気を付けようと、匠海は誓った。
二年生と、特別参加の三年の生徒会役員たちはすでに到着していて、麓の広場で集まっている。
一年生は大慌てで広場に集まる。全員が集まったのを見計らって、会長の遥がニコニコしながら、挨拶、説明を始めた。
全女子、そして、一部の男子がその美しさに天を仰いだ。
「おはようございます。皆さん、体調は大丈夫ですか?」
すると、それぞれから、「「「だいじょーぶー!!」」」と口々に声が上がり、遥は頷いた。
華澄は「匠海はグロッキーでーす」と言おうとして、隣にいた匠海に口を手で塞がれていた。
そうとも知らずに、遥は頷いて、また続ける。
「今日は、一、二年生合同のハイキングになります。一緒に回るメンバーは特に決まりはありませんが、出来るだけ、一、二年合同で向かって下さい。所々に先生が立って下さっているので安心してくださいね。じゃあ、今日一日頑張りましょう」
周囲から、「「「はーい!!」」」と返事が来たので、遥が解散を宣言、生徒たちはパラパラと何人かの集まりを作りながらハイキング道入り口へ散っていく。
華澄、匠海、元貴の軽音部一年生は、遥、鉄郎の先輩コンビが、先生や生徒会の先輩たちと話をしているので少し待っていた。
先輩幼馴染コンビは暫く話をして、そして、まばらにしか残っていない生徒たちの中から三人を見つける。
「ういーっす」
「おはよう!」
「「おはよっす」」
「おはよーございます!!」
気だるげな鉄郎と、今日も聖母のような微笑みが健在な遥。
元貴は遥と話すのは初めてなので、少し緊張していたが、持ち前の人懐っこい無邪気さを発揮する。
「はえ~、やっぱ、はるちゃん先輩近くで見ると余計美人!!」
「あーはは、ありがとう・・・・・・」
「餅、やめとけ、それはこいつの地雷だから」
「黙れ、てつ」
ギッと鉄郎を睨む遥だが、その顔すら麗しい。
しかし、ふと、また聖母のような微笑みを浮かべる。
「柏木くんは、一応初めましてだね。玖木遥です。よろしく」
「はるちゃん先輩、よろしくっす!! あ、もう、おれも名前で呼んじゃって下さい!!」
「ふふ、了解」
ラインでやり取りはしていたが、実際に面と向かって会うのは初めてな元貴と遥が和気藹々としているのを、ああ、ちくしょう、ともやもやした心持で匠海は見ていた。
その顔は車酔いも相まって、さらに険しい。
「?? 匠海くん、体調悪い?」
「え、あ、いや・・・・・・」
不機嫌な匠海が体調不良だと思い遥は自然に手を伸ばしてくる。
今度は匠海の顔は真っ青から、ボっと赤くなり、ますます不思議に思った遥が近づき、匠海が後退り、という具合に攻防を続けた。
「遥センパイ、そいつ車酔いでグロッキーなんですよ」
「あ、そうなの? 大丈夫??」
「・・・・・・はい、まあ、なんとか」
「無理しないでね。しんどくなったら、遠慮せず言って?」
「・・・・・・ういっす(はー・・・・・・、女神かよ・・・・・・)」
遥に言ったら怒られてしまうかもしれないが、本当に女神か何かかと思った。
そんなやり取りを複雑そうな顔で見ている鉄郎と、それを寂しそうに見ている華澄。
元貴は相変わらず元気で、早く行こう早く行こうと四人を急かした。
「じゃあ、俺が先導するから、真ん中元貴が崖側でその隣華澄な。後ろは念のため崖側に遥行っとけ」
「「「はーい!!」」」
「オレ、崖側でいいけど」
先輩の優しさに反抗する匠海。
しかし、前方三人は配置につくし、遥は匠海を山肌側に追いやって満足げに微笑む。
「まあまあ。来年、万全の体調で崖側行って後輩を守ってあげなね」
「そいつ、一応空手部だし大丈夫だって」
「・・・・・・ういっす」
遥も一応男だけど、なんだか守られていることが悔しい。
なんで車酔いなんかしたんだろう。
かっこいいところを見せたかったのに、計算違いだ。
ふと、前の姉を見ると、こちらを振り返りにやりと笑っている。
ちくしょう、と思っていると。
「ぎゃっ!?」
「おっと。ちゃんと前見ろ」
「・・・・・・ご、ごめん、てつセンパイ・・・・・・」
華澄が木の根に足を取られ、危うく転びかける。
しかし、そこに木の根があることに気づいていた鉄郎が見事華澄を抱え、難を逃れる。
ちょうど、鉄郎の太い腕に華澄の慎ましい胸が乗っている。
「・・・・・・華澄」
「え、な、何?」
真剣な顔の鉄郎。華澄は胸が苦しくなる。
しかし、
「・・・・・・お前、胸どこ?」
「・・・・・・っ?! サイテー!!」
バチーンっと華澄の平手打ちが鉄郎の左頬にクリティカルヒットする。
「てっちゃん先輩!! ダメだよ!! 華澄ちゃんは貧乳気にしてるから!!」
「あ”あ”?!」
「「「(今の返しは最悪なやつだ)」」」
天然爆弾が投下され、現場は火の海に近い。
なんとか匠海と遥が華澄を慰めて、最悪の事態は逃れたが華澄は頬を膨らましたままだ。
「・・・・・・男って胸ばっか」
「そんなことないよ、華澄ちゃん。キミは足綺麗だし、背も高いからモデルになれるよ! きっと!」
「・・・・・・むー・・・・・・」
遥がなんとか機嫌を取ろうと話しかけるが膨れたままの華澄が、ふと、にやり、と笑った。
匠海は、「あ、まずい!」と思ったがもう遅い。
「ねね、皆の初恋っていつ?」
その投下された爆弾に、匠海は「げ!!」と明らかに嫌な顔をして、遥は、おっと、まずい。というような反応。
元貴は、「お?! 恋バナしちゃう?!」とノリノリで、鉄郎だけは本心が読めない顔をしていた。
「匠海君はいつだっけ~?」
「う、うるさい」
「お? お? 匠海、その反応は、現在進行形だったり?」
「ち、違う・・・・・・」
華澄と元貴の攻撃に、冷や汗が止まらない。
「(・・・・・・なんで)」
そんな匠海を見て泣き出しそうな遥。
なんでそんな顔をするんだろう。
嗚呼、抱きしめてやりたい。
「か、華澄はどうだっけ?!」
匠海は自棄を起こした。
でも、華澄はニコニコしながら、自白する。
「私は最近だよ。ホント最悪な人だけど、でも、好きなの」
匠海はまさか華澄が自白するとは思ってなくてびっくりする。
勿論、誰か、とは言わない。
今、言うべきではないのは理解しているのだ。
先輩二人は最悪なのか、大丈夫なのかと心配するし、元貴は元貴で「え~?! 誰々??」と興味津々。
でも、頑なに、華澄は相手の名を言わなかった。
ただ、「最悪な人」とだけ繰り返した。
「おれはね~、幼稚園の時の先生だったな~!」
「餅、年上好きなんか」
「ん~、その時によるかな~。でも、おれって、いつもいいお友達で終わるんだよね~」
「「「あ~・・・・・・」」」
「え、はるちゃん先輩以外の反応酷くない?」
なんだかわかる気がする。と双子と鉄郎は同意してしまい、遥だけが表には出さないがそれでもなんだかわかるような気がした。
元貴は、皆、平等に接してくれるから、相手に特別な感情が中々芽生えないんだろう。
元貴のいいところでもあり、悪いところでもある。
「遥センパイは?」
「遥ちゃんは~」
「てつ黙れ!!」
「いいじゃん、言っちゃえよ」
言えるか! 馬鹿野郎!! と頭を抱える、遥。
しかし、なんだか後輩からの期待がひしひしと伝わってくる。
ねぇ、キミを好きって言ったら、キミはもう・・・・・・。
「・・・・・・俺の恋なんて知っても誰も得なんかしないよ。たぶん、相手も嫌がるんじゃないかな」
泣きたい。
なんの拷問なんだろう。
抱きしめたい。
そんな奴、忘れてオレにしたらいいと、遥を抱きしめたい、匠海。
ふと、華澄の興味が鉄郎に向かう。
「・・・・・・てつセンパイは?」
「・・・・・・さあ、いつだったかな。いろんな女抱いたから忘れたわ」
「・・・・・・サイテー」
あーあ、最悪な答え。とため息を吐く。
本当に聞きたくない。
貴方が、色んな女を愛していたことなんて。
「初恋なんて黒歴史だろ。もっと楽しい話しようぜ」
「例えば」
「フェチとか」
「却下」
「なんでだよ!」
フェチと聞いて、巨乳好きの馬鹿男がソワソワし始める。
それを察知して華澄は不機嫌顔になる。
「おれはね~、おっきいおっぱいが好き~!!」
「心底、こいつを崖から落としたい」
「怖いよ!! てっちゃん先輩助けて!!」
案の定なやり取りが始まり、本当に華澄が元貴を崖から落としかねないので、メンバーチェンジ。
先頭に元貴、華澄の隣に鉄郎が配置する。
「・・・・・・最悪」
「なんでだよ。最高の間違いだろ?」
「言ってろ」
華澄は鉄郎が隣に来たことで、落ち着きがなくなる。
鉄郎のホワイトムスクの香りが隣から華澄を包み、堪らない。
その後、途中、元貴がずっこけたりしたが、無事、何の問題もなく山頂まで辿り着いた華澄たち。
先に到着したクラスメイトたちや先輩たちはもうすでにあちこちで昼食をとっていたので、華澄たちも固まって昼食をとる。
遥は、彼の母特製の、栄養のバランスが取れた弁当を綺麗な所作で食し、鉄郎はコンビニで買ったのだろうおにぎりやパンを豪快に食べる。
「センパイたちって正反対だね」
「よく言われるよ。なんで一緒にいるんだろ?」
「悲しいこと言うなよ遥ちゃん」
「ここ(山頂)から落としていい??」
「「「「怖っ」」」」
にっこりと笑いながら恐ろしいことを口走る遥。
でもそれは鉄郎を信頼しているから。
それが理解できて、双子はそれぞれつらい。
匠海は匠海で、もしかしたら初恋が後ろめたいものなのだったら、相手が鉄郎でも有り得ると思った。
華澄は華澄で鉄郎の初恋が遥だと分かっているし、遥も鉄郎を信頼している風だから自分の恋も弟の恋も実らなそうで、イライラする。
「・・・・・・てつセンパイ、トイレいこ」
「え? なんで俺」
「変なおっさんがいても撃退できそうだから」
「ああ、そういうことね、はいはい」
華澄は鉄郎を従えて広場から少し離れたトイレに向かう。
この時、元貴は元貴で同じクラスの女子に絡まれて、匠海と遥の元を離れる。
例の両片想いの二人が、その場に二人きりにされたことを確認して彼らの姉と幼馴染はにやりと笑う。
この時点で華澄と鉄郎は情報交換をしていたわけではなかったが、あの二人を見て嬉しそうに笑う隣の後輩、先輩を見て、確信した。
そして、情報交換をしようと思う。
鉄郎がトイレを済ませて出てきても華澄はまだで。
「(変質者でたか??)・・・・・・華澄~」
「今、手洗ってるから待って!!」
変質者にでも遭ったかと心配したが女子トイレから慌てた華澄の声が聞こえてきて安心する。
「おせぇから、変質者に襲われたかと思ったわ」
「女子のトイレは長いんだよ」
「そうでしたそうでした。俺、姉と妹によく待たされるわ」
華澄は道中、鉄郎が本心の読めない顔をしていたけど、今はいつものちゃらんぽらんな先輩に戻ったことが安心して、そして、弟の恋を暴露する。
「ねぇ。うちの弟がさ、あんたの幼馴染にゾッコンなんだけど」
「マジか、ウケる。うちの幼馴染もお宅の弟さんにベタ惚れなんだけど」
「やだ~! 両想いじゃん!!」
「もうやっちまえ!!」
「下品!!」
下品な話をして、ぎゃはは!! と笑いあう華澄と鉄郎。
でも、ふと華澄はこれでいいのかと思う。
「・・・・・・ねぇ。てつセンパイはそれでいいの?」
「なにが」
「遥センパイの事、好きなんでしょ」
「俺は、あいつとは幼馴染でいたいんだよ。あいつとどうこうしたいわけじゃないから」
「そか」
「うん」
ふと、鉄郎の大きな手が華澄の頭を優しく撫でる。
「え、え、な、何??」
「いや、心配してくれてありがとうって思って」
「い、いや、あたしは、べ、別に・・・・・・」
「俺の初恋はお前の中だけにしといてくれ。俺はあいつが幸せならそれでいいから」
「・・・・・・わかった」
初恋は叶わない。ってよく言うけど。
こんな切なく儚く尊い恋があるんだと、華澄は胸が苦しくなった。
―つづく―
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