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第十一話 反抗期
「おっさんより鉄郎先輩の方が危なくないっすか?」
「確かに。まあ、華澄ちゃんには手は出さないと思うけど」
華澄が鉄郎を従えてトイレに行き、元貴が場を離れたことにより二人きりになる匠海と遥。
匠海は、女遊びが酷かったらしい先輩の方が変質者より危険じゃないかと彼の幼馴染に問うが、遥は、確かにとは思っても、華澄は大丈夫だという。
「それは、華澄が貧乳だから?(え、待って待って二人きりにすんなよな!)」
「え?! い、いや、てつは華澄ちゃんを大切に想ってるんだと思うから(・・・・・・え、待って、二人きりじゃん!!)」
想い人と二人きりだと急に意識してドギマギし始める二人だが、二人してそれを悟られないように必死で平常心を装う。
なんせ初恋は同性で。今隣にいる彼で。
今、悟られるわけにはいかない。
今、終わらせるわけにいかない。
「・・・・・・そ、そういえば、鉄郎先輩が軽音部に勧誘してる人いるって言ってたけど、それって、遥先輩ですか?」
「・・・・・・うん。なんで、俺だって思ったの?」
「作曲できて他の部の副部長って、思いつくの遥先輩くらいだったから」
「ふふ、そっか」
遥はそれ以上何も言わない。
匠海はなんだか必死になった。
好きな人と一緒に青春を謳歌したい。
そう思うのは『罪』ですか?
「先輩は、空手部が大事?」
「うーん、大事だけど、そこまでじゃないかな。俺に勇気があったら、間違いなく軽音部に転部してる」
「じゃあ、なんで」
遥は泣きそうに笑う。
「親に怒られるのが怖い、って言ったら、笑う?」
「親に? うーん、オレ、親に怒られた事ないからわかんないかも」
双子は怒られたことがない。
『怒る』という愛情表現もされたことがない。
「俺ね、ずっと、親の言いなりしてるんだ。捨てられるのが怖くて。『お前なんかいらない』って言われるのが、怖くて」
匠海は、その遥の言葉を噛み締めて、大切に嚙み砕いて、消化する。
「オレは、先輩の気持ちは、よくわからないです。親に捨てられた子供なので」
「・・・・・・うん、ごめん」
「でも、オレは、あんたのピアノが、あんたが作る曲が、好きで、大好きだから、ずっと聴いてたいし、そのためなら親の説得も手伝ってやりたいと思う」
「・・・・・・!!」
遥は、ますます匠海が愛おしくて。
彼を好きになってよかったとさえ思った。
目に少し涙が滲むのを、自分で拭う。
そして、匠海に向き直る。
「・・・・・・ありがとう。俺、頑張ってみる」
「え??」
「俺も反抗期、してみるよ」
「・・・・・・うん。なんかあったらオレも鉄郎先輩もいるから」
「うん、ありがと!」
遥は、すっきりしたような、晴れやかな顔で笑った。
それから、また五人で下山する。
下山は、なんとなく自然に元貴が先頭を行き、真ん中に鉄郎と華澄、後方に匠海と遥が続いた。
また、馬鹿騒ぎをして、はしゃぐ五人。
遥は、軽音部転部を決意した。
その夜。
「母さん、ちょっといい?」
「なぁに? 今忙しいんだけど」
遥の母は食後の皿洗いをしながら軽く遥の相談を聞き流そうとする。
でも、そうはさせない。
「母さん、俺、空手部辞めて軽音部に入るね」
「・・・・・・え?」
遥の母は、びっくりしたように自身の息子を見やる。
彼は揺るぎない覚悟のうえで言っていた。
「待って、待って、遥。どういうこと? 全国行くんでしょ?」
「俺は空手より音楽がやりたい。大学も音大に行くから」
バチーン!!
母の平手打ちが遥の左頬にクリティカルヒットする。
痛い。怖い。・・・・・・でも、逃げたくない。
「あなたね、もっとよく考えなさいよ!?」
「俺は悩んだよ。もう何年も、我慢した。でも、俺のピアノが好きって人がいるんだ。もっと、聴いてたいって言ってくれるんだ。だから・・・・・・」
「・・・・・・とにかく、母さんは許しませんからね」
遥は、真剣な顔で母親を睨みつける。
びくりと母の肩が揺れる。
「許されなくたっていいよ。母さんに『いらない』って言われてもいい。俺はピアノが、作曲が、好き」
遥はそれだけ言って自室へ戻った。
入れ違いにリビングに風呂上がりの父が入ってくる。
「・・・・・・? 母さん、どうしたんだい?」
「お父さん、私は間違えていたのかしら・・・・・・」
母は父の胸で少し、泣いた。
理由を聞いた父は言った。
「遥が初めて自分のしたいことを言ったね。僕たちに反抗するなんて初めてだ。それくらい、大事なら、彼の好きにさせよう」
そうして、次の日。
振替休日の日に、遥は両親の束縛から、解放された。
『いらない』と言われたわけではない。
自分の好きに生きなさい。と笑顔で送り出されたのだった。
―つづく―
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