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第十二話 兄と妹
合同ハイキング翌日。
この日は振替休日で、その翌日からゴールデンウイークに入る。
そんな快晴の日。昼過ぎ。
双子は駅前にいた。
今朝、元貴から遥も加わったグループチャットに連絡があって、急遽ベースを買いに行きたいのだという。
しかし、鉄郎も遥も用事があるようなので、双子が一緒に行くことにした。
「ねえ、遥くんの用事って何だろうね?」
「なんでオレに聞く」
「たっくんなら知ってるかな~って♡」
昨日、下山中に、先輩呼びは辞めないかということになり、先輩に対する呼び方は変わっている。
ぶりっこする姉に、似合わねーぞ、と鼻で笑うと、軽いローキックを食らった。
「じゃあ、お前はてつさんの用事知ってんのか」
「・・・・・・知らん」
「なら、そういうことだよ。でも、たぶん、親と話し合いしてんじゃない?」
「話し合い??」
匠海は、やはり鉄郎が勧誘していたのは遥で、彼も転部したいらしい。でも、親と一悶着あるようだ、と姉に教えた。
華澄は、にやぁと笑う。
「なに」
「んーん? 青春してるなぁって!」
「言ってろ」
ぶすっと匠海が不機嫌になった所で駅構内から今日も元気な柏木元貴がやってきた。
「ごめん!! 待った??」
「いや? あたしらが早く来ただけだよ」
「いやん! 華澄ちゃんかっこいい!! ・・・・・・あり? なんで匠海はご機嫌斜め??」
「別にー。ほら、行くぞ」
先を行く匠海の後ろを華澄と元貴はきゃあきゃあ騒ぎながらついてくる。
駅から歩いてすぐの大通りのいつもの楽器店。
匠海がいつものように楽器店のドアを開ける。
カランカラン、とドアについている鐘が鳴り、店内で煙草を吹かしながら雑誌を読んでいた楽器店の女店長が不意に顔を上げる。
「うおっ?! なんかすごい!!」
「双子ちゃん、その子友達? 反応やばくない??」
「ごめんなさい、なんせ馬鹿なんで」
「華澄ちゃん酷い!!」
酷いのはお前の反応だ、と言いたいが、なんせ自分たちも彼女に初めて会った時に同じような反応をしていたので強くは言えない。
「ははは!! まあ、いいよ。そういう反応には慣れてるからね。今日は何をお求めで?」
「今日の主役はこいつです」
「うおっ!! あ、双子ちゃんと同じ軽音部に入った柏木元貴です!! ベースを買いに来ました!!」
匠海にポーイっと楽器店店長のいる前方に投げられた元貴は、元気よく彼女に挨拶をする。
店長は「ベースか、いいね」とニヤリと笑い、三人をベースの展示しているスペースに案内してくれる。
「ちなみに、キミはベース初心者? 経験あり?」
「あ、全くの初心者です! でも、軽音部入ったんだ~、って社会人の兄ちゃんと姉ちゃんに言ったら、お金用意してくれて、昨日突然、買いに行ってこいよ!! って!!」
「いいお兄さんといいお姉さんだね」
「ケチなどっかの姉とは・・・・・・痛い痛い痛い!!」
誰がケチだ! と、華澄は匠海の足を思い切り踏み続け、匠海はその痛みに悶絶した。
言わなきゃいいのにと店長と元貴は思いながら、その仲がいいが故の喧嘩を微笑ましそうに見ていた。
「んー、初心者ならこの辺かな」
「んーーーーーーー・・・・・・」
店長は、何種類かピックアップして元貴の目の前に立てかけてくれる。
双子は元貴がそれを吟味している時間は全くの暇なので、弦やピックを新調するべく探し始める。
元貴はあれが、いや、これが・・・・・・と、うんうん唸りながら悩む。
「あー、でもやっぱり、この、せ、せるだー?の黒かっこいいな~!」
「こいつにするかい?」
「うん!」
双子が、新しい商品をお迎えしている間に、ようやくセルダーというメーカーの黒のベースを選んだ元貴。
チューナーなどの備品をあの日の双子のように宅急便で送ってもらい、ベースと、ピックだけソフトケースに入れてもらい、背負って帰るようだ。
「またわからないことあったらいつでもおいで」
「はい!! あざっした!!」
「「ありがとうございましたー!!」」
双子と元貴が無邪気に礼を言うと、楽器店店長は、にこりと笑い、手を軽く振って見送ってくれた。
「どうどう?? バンドマンに見える??」
「はいはい、見える見える」
「どうみても馬鹿なバンドマンって感じよ、よかったね」
「華澄ちゃん酷い~!!」
ぎゃあぎゃあ言いながら、日の登り切った真昼の街を歩く三人。
ふと、前方を見る。
人ごみの中に、頭一つ分大きな男。
「(・・・・・・てつくん??)」
荒木鉄郎は背が高い。
高校二年で190センチに到達せんとしている。
だから、人ごみにいてもよくわかるのだ。
前方から歩いてくる鉄郎は斜め下に向かって何か話している。
刹那。
華澄は頭を鈍器ででも殴られたかと思った。
「(・・・・・・うそ。なんで、)」
鉄郎よりも随分小柄な女の子が彼と仲睦まじく腕を組んで歩いていた。
小さな顔に大きな黒ぶち眼鏡をして、ふわふわな黒髪を緩いおさげにし、薄く化粧をした彼女は推定Hカップの豊満な胸をふわふわ揺らしながら歩いてくる。
男ってどいつもこいつも。と腹立たしく思う。
ああ、この人もどうせ胸なんだ。
軽蔑。
「んれ?? あれ、てっちゃんじゃない??」
「あ、え、待て、元貴!!」
「おーーーい!! てっちゃーーーん!!」
元貴は彼女(らしき人物)の存在に気づかず、先に巨乳の女に気づいた匠海に止められる前に鉄郎に手を振ってしまう。
鉄郎は、「しまった」という顔をしていたし、双子もなんとも複雑だった。
「てっちゃん!! ちわ・・・・・・って、なにこの美少女!!」
元貴は目の前に鉄郎と女が来てから女の存在に気づく。鈍い。
「あー、いや、こいつは・・・・・・」
「てっちゃんのカノジョ?!」
「違う!!」
「カノジョじゃない・・・・・・はっ!! セフレ・・・・・・?」
彼女じゃない、でも、仲睦まじい。イコール、セフレ。
というなんて安直だろうか。
はぁ・・・・・・。鉄郎は深くため息を吐いて、拳にそのため息を染み込ませる。
「てめぇはいいかげんにしろや!!」
「いでーーーーーーーーーー!!」
往来で人を殴るものではないが、元貴には必要な躾だろう。
「お兄ちゃん、この人たちって・・・・・・」
「ああ、最近話してる軽音部の後輩」
「「「お兄ちゃん??」」」
「いつも兄がお世話になってます。妹の荒木朱香(しゅか)です。中三です」
この小柄で巨乳でいかにも男ウケがよさそうな女は、鉄郎の二歳下の妹、朱香だった。
あまりに似てなさ過ぎて、双子と元貴は呆然とする。
「え、え、え、こんなかわいい子がパイセンの妹ちゃん??」
「信じらんない」
「義理とかじゃなくて??」
「ちゃんと両親ともに同じだよ!! 失礼だな!!」
まさか妹と一緒のところを見られるとは。
鉄郎は今すぐ帰って、愛猫を吸いたいくらいにはストレスを抱えていた。
一方、華澄は、仲睦まじい女が妹の朱香だったことで、鉄郎の株が急降下することは防げた。
それから、華澄たちも朱香に自己紹介をしたのだが、元貴がいきなりライン交換しませんかと言い出し、鉄郎にまた殴られていた。
ああ、元貴、そういうことか。おっぱい好きだもんな~。と双子。
でもなぜか、朱香も満更でもなさそうなので、華澄は人肌脱いでやることにした。
「てつくん、あたしも朱香ちゃんとライン交換したいんだけど」
「お兄ちゃん、ダメ?」
「あー、華澄ならいいか」
「「やったー!!」」
タイプの違う美少女に上目遣いで見上げられて、タジタジな鉄郎お兄ちゃんである。
男どもが猥談を始めたので、軽蔑しながら彼らから少し離れてやり取りをする華澄と朱香。
「よし、登録完了!!」
「か、華澄さん・・・・・・、あの・・・・・・」
「元貴でしょ? いいよ! 話しつけといてあげる!!」
「キャー!! 嬉しい!! ありがとう!!」
「うおっ、やわらけー!!」
もじもじと何か言いたげな朱香に、全てわかっているぞと言ってやる華澄。
そして、感激のあまり朱香が華澄に抱きつき。
朱香の豊満な胸が華澄の細い腰にむにぃ・・・・・・と当たっては、華澄が男張りの反応をする。
「てっちゃん!! 匠海!! 上質な百合が展開されてるよ・・・・・・」
「鼻息荒い、きめぇ」
「餅、匠海は百合より薔薇派だから」
「「?? バラ??」」
女子が薔薇を好きなように、男子は百合がお好きなようで。
そう。薔薇はBL、所謂ボーイズラブの隠語なわけで。
それをいち早く理解した匠海は慌てて自分の姉に詰め寄る。
「華澄、てつさんに何言った??」
「え? うちの子がお宅の幼馴染さんの事好きみたいって♡」
「ふ、ふざけ・・・・・・」
「だって、知ってる風だったから」
正しくは、遥の想いを、だけど。
いや、鉄郎は匠海の気持ちにも気づいていたのかもしれない。
「え? え? 匠海、え? 薔薇って、え??」
「五月蠅い黙れ。オレは帰る」
「まあ、待てよゲイの匠海君。遥の情報流してやっから」
「うるせーーーーーーーーーーーーーー!!」
匠海の叫び声が街に木霊したところで、今日も双子地方は笑顔が絶えません!!
―つづく―
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