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第十五話 バイトを始めよう!
遥が、入部届を提出して戻って来たときには既にお昼ご飯タイムで、軽音部はバイトの話で持ちきりだった。
どうやら、鉄郎が言い出しっぺらしく、自分を冷やかすつもりだったんだろうなと遥は幼馴染を殴りたくなった。
双子はバイト未経験。しかし、華澄も匠海もバイトはしてみたいと言う。
元貴は学校近くのファーストフード店で四月から働いているらしい。
鉄郎は学校近くのファミレスと、ピアススタジオも兼ねた雑貨屋で去年から働いている。
「遥さん、どっか目星いとこ見つかりました?」
「うーん、えっと、此処、なんだけど・・・・・・」
遥が匠海から受け取ったおにぎり片手に、たどたどしい動作でスマホを操作する。
向かいに座る(鉄郎に作曲組はそっちと言って座らされた)匠海に、控えめに差し出す。
どんなとこだ? と他のメンバーも興味津々で覗いてくる。
「『カフェレストラン キミの猫』??」
「どうせ働くならピアノ演奏出来るところがいいなって思って探してたら、ちょうど、あったから・・・・・・」
場所は遥の自宅の最寄り駅近くで、一か月後にオープンするらしい。
ピアノ生演奏の中で本格イタリアンをリーズナブルな値段で食べられるという。
「あー、そういや、駅前に出来てたな」
「てつくんも此処から家近いの?」
「最寄りは遥と一緒だから」
「ふぅん、そっか」
ちなみに、元貴は幼馴染二人組と同じ路線の一つ手前で降りるらしい。
「・・・・・・オレも此処でバイトしよっかな」
「え?! 無理しなくていいんだよ??」
確かに、給仕のみの募集もあるが、突然の申し出に遥は困惑していっぱいいっぱいになる。
バイトの件で色々相談に乗ってもらおうとは思ってはいたが、まさかだ。
「いや、遥さんのピアノ聴きながら働けるんなら得だなって思って」
「・・・・・・ばかじゃないの」
「え、なんで」
匠海の言葉に、顔を真っ赤にして机に突っ伏す遥。
もう、なんだよ。
ああ、好きだ。
そんな、これで付き合ってない二人を他の三人は生暖かい目で見ていた。
「あれで付き合ってねぇんだもんな~」
「ねー。匠海ってたらしだわ」
「ねぇねぇ、あの二人両想いなの?」
「「うん」」
プライバシーとは。
まあ、仲間内だからいいのだろうか。
「遥、早速連絡してみたら? 匠海の分も」
「え? 今から? なんか楽しんでない?」
「いいから、はよ連絡しろ」
楽し気な鉄郎に急かされて遥は『カフェレストラン キミの猫』のホームページに載っていたオーナーの電話番号にかける。
すると、すぐに鉄郎よりも低く野太い声の男が電話に出て、善は急げ、今日いけるなら来てくれと言われてしまった。
匠海も大丈夫というので、今日、面接になる。
失礼します、と電話を切る。
「とんとん拍子じゃん、遥」
「だから、なんでお前が楽しそうなんだよ」
「別にィ?」
そんな幼馴染二人を眺めながら、華澄はあることを鉄郎に相談してみることにした。
「てつくんが働いてる雑貨屋ってバイト募集してない?」
「ん? どうだったかな。今日バイトあるし聞いといてやろうか?」
「うん!」
どうせ働くなら華澄は、知り合いが、大好きな鉄郎がいるところがよかった。
新曲の歌詞を見た、この華澄の言葉も聞いた、そんな遥はもしかしてと華澄の恋心を察知した。
帰り、どうせなら店の中を見てみるか? と言われ鉄郎の後を嬉しそうな顔でついていく華澄と、ファーストフード店のバイトがある元貴とは校門で別れて、遥は匠海と駅に向かう。
「ねぇ、俺の勘違いならスルーしてほしいんだけど、華澄ちゃんて、もしかしててつのこと好き?」
「なんでわかったんすか?」
「新曲の歌詞がなんかそんな感じしたのと、華澄ちゃん、てつといるときすっごく女の子だから」
「てつさんには言わないでやってくださいね。初恋でどうしたらいいかわかってないから」
ふふっと、遥は一つ微笑む。
なんだか楠木姉弟の仲が良くて羨ましくなってしまった。
匠海にこんなにも想われている華澄に、なんだか嫉妬してしまう。
この男(ひと)を、独り占めしたい。
「聞いてます?」
「聞いてるよ。てつには言わない」
ねぇ、俺の気持ち知りたくない?
知りたくなんか、ないよね。
でも、キミが好きだよ。
と、少し上にある匠海の整った顔を眺める。
匠海はそれに気づいて、気まずそうに顔を赤らめた。
「なんすか」
「いや、女の子はこんなイケメン放っておかないよな~って思った」
「何、急に・・・・・・」
匠海が、「あんたの方がイケメンじゃん」と無愛想に呟くと今度は遥がボっと顔を赤らめた。
駅のホームにいた全人類が「このイケメン高校生たちは何を赤面キャッチボールしてるんだ」と天を仰いだ。
此処に華澄や鉄郎や元貴がいたら「早くくっつけ」と冷やかされるに違いない。
電車に揺られ、三駅。
『カフェレストラン キミの猫』の最寄りで、遥と鉄郎の家に近い駅に着く。
そのレストランは駅から本当に三分も歩かない目立った場所に店を構えていた。
ガラス張りの店内には立派なピアノが置かれていて、その椅子に漆黒のロングヘア―を襟足辺りで束ねた人物が座っていた。
こちらからは顔が見えないが相当小柄だった。
爽やかな曲が店内から聞こえてくる。
「綺麗な音色」
「そうっすね」
「入っていいのかな?」
「うーん?? どうなんだろ??」
二人が店先で困惑していると、店内の奥からスキンヘッドの大柄な男が出てくる。
そして、男はピアノの人物に笑いかけてから、店先でわたわたしていた二人に気づいて外に出てきた。
「キミら昼に電話くれた子か?」
「あ、は、はい! 玖木遥と、」
「えっと、楠木匠海です」
「ほーかほーか。まあ、入り」
関西弁の男はオーナーらしい。
失礼します。と二人は控えめに店内に入る。
「すずさん、紅茶入れたってくれんか?」
「おっけー! ストレートと、レモン、ミルク、どれにする??」
すずさん、と呼ばれた小柄な人物はぴょこん! と可愛らしい動作で椅子から降りて、二人の目の前にやってくる。
身長は155センチくらいだろうか。かなり華奢で小柄だった。
「俺はミルクで」
「お、オレはストレート・・・・・・」
「りょ!!」
ぴょこぴょこと跳ねながらカウンターに消えていくすずさん。
それを愛おしそうにオーナーは見つめている。
「ワイの奥さんかわええやろ?」
「あ、ご結婚されてるんですか?」
「んんー、結婚はしてない」
「「??」」
オーナーは謎な発言をしてから、四人かけのテーブル席に匠海たちを二人並んで座らせ、自分は店の奥に必要なものを取りに行く。
その間にすずさんが飲み物を四人分用意してくれる。
「えっと、キミが、ミルクティーで、キミがストレートティーやんね?」
「はい、ありがとうございます」
「あざっす」
「いえいえ~!!」
すずさんは、遥の前にミルクティーを、匠海の前にストレートティーをそっと置いて、その向かいに、ブラックコーヒーと、レモンティーを置く。
そして真ん中に小さなかごに入れたシロップを置いて、自由に入れてね! と可愛く微笑んだ。
遥は一つシロップを入れたが、匠海はそのまま一口飲む。
すずさんは、匠海の前に座り、レモンティーにシロップを二個入れてこくり、と飲む。
「すまんすまん。これに、せやな、名前と、生年月日、住所、高校名、家族構成、希望の職種・・・・・・ピアニストとか給仕とかな。そんなん書いてもらおか」
オーナーはコピー用紙を二枚持ってきて、ペンと一緒に二人に手渡す。
そして、それからおもむろに名刺入れを取り出し、名刺を二人に差し出す。
「ワイは榊(さかき)千代彦(ちよひこ)。此処のオーナーシェフしとる。よろしゅう」
「ボクは坂田(さかた)珠洲也(すずや)! ピアニスト兼給仕だよ!!」
ん??
すずさん、基、珠洲也の名前に、違和感。
もしかして、この人は男なのか?? と二人。
必要事項を書きながらこちらを窺っているような二人に、千代彦は豪快に笑う。
「すずさんはれっきとした男やで」
「「ええ?!」」
「よく間違えられるんだよね~!」
しかし。
千代彦は珠洲也を奥さんだと言っていなかっただろうか。
さらに混乱する二人に、詳しくはちゃんと話すから、と千代彦。
言っている間に二人が必要事項を書き終える。
「遥君に匠海君な。お、遥君はピアニスト希望か! 助かるわ」
「今、ピアニストはボクともう一人しかいないからね!」
「あ、えっと、給仕も必要ならやります」
「おおきにおおきに」
千代彦は一通り二人の情報を知ると、店の説明をしてから、一呼吸おいて、語りだす。
「面接来てくれた人の大半はこれ聞いたら去っていくんやけど、ワイとすずさんは男同士やけど想いあっててな。パートナーシップ結んでんねん」
「「パートナーシップ??」」
「同性間の結婚みたいなものだよ。まあ、異性カップルみたいな婚姻ってわけじゃないんやけどね」
よく見ると千代彦と珠洲也の左の薬指には同じデザインの指輪がはまっていた。
匠海と遥は顔を見合わせる。
相手の気持ちは分からないけど、自分も同性に恋してる。
千代彦と珠洲也の事は羨ましく思った。
「オレは姉貴がそういうの好きで漫画とか最近よく押し付けてくるので大丈夫です」
「俺も両親がそういうのが好きなので全然大丈夫です」
そして、自分も同性を、隣に座る愛おしい人を想っているから。とは言わなかったけど、年長カップルはなんとなく分かったようだった。
「キミらは付き合ってないん??」
「「え?!」」
「いや、仲良さそうやし」
「た、ただの先輩後輩ですよ! ね、匠海くん!」
「そ、そうです。別に榊さんが思ってるような関係じゃないです」
ほぉん?? と意味深な笑い方をして、珠洲也に、二人に失礼だよ! と怒られる千代彦。
「あと、気になったんが、匠海君、キミ、親おらんのか?」
匠海はあえて家族構成に両親を書かなかった。
もう、あんなの親じゃないから。
「一応、いるんですけど、もう五年くらい会ってなくて。毎月金は振り込まれるんですけど」
「あー、ネグレクトか」
「まあ、はい」
千代彦はほーかほーか・・・・・・。と呟くと、優しく微笑む。
「キミがウチで働く気なら、大人の名前必要な時は貸すさかい。いつでもいうてや」
「え、あ、ありがとう、ございます・・・・・・」
「ワイらはキミら気に入ったし雇う気なんやけど、どうやろか?」
匠海と遥はまた顔を見合わせる。
そして、二人は揃って「よろしくお願いします!!」と千代彦と珠洲也に頭を下げた。
それから、遥のピアノの腕前を確認するために演奏テストを行い、遥は見事合格した。
帰りがけ、四人はライン交換をして、一週間後に色々顔合わせや試作品の試食会などするからと約束をつけられて、匠海と遥は帰宅することになった。
「遥さん、送っていきましょうか?」
「大丈夫だよ。俺が元空手部って忘れてない?」
「遥さん可愛いから忘れますね」
「うえ?!」
まさかの「可愛い」発言に困惑して赤面が加速する遥。
でも、よく見ると匠海も赤面している。
「待って、なんで匠海くんも顔赤いの」
「言うつもりなかったこと言ってしまった」
「・・・・・・ばかじゃないの」
『言うつもりじゃない』ってことは少なくとも心では思っていたことで。
そんなこと思ってたのか!! と恥ずかしくなる遥。
でも、嬉しくて。
可愛いなんていつもは嬉しくないけど、今日はなんだか、とても嬉しかった。
結局、二人は駅でまたねとした。
それぞれ、年長同性カップルの登場で、思うところは有れど、とりあえずは勉強、部活、バイトの両立を頑張ろうと、意気込んだ。
―つづく―
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