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第五話 聖母の恋するピアノ
あれから、部室の扱いの差についてや、鉄郎が弾ける楽器の話をした。
実は、軽音部の部室、音楽室Ⅱは他の部室棟の隅にあるが、運動部の部室とも文化部の部室とも、少し離れた場所にぽつんと建っている。
もともと、音楽の予備の教室として建てられ、実際に音楽の授業でも使われていたが、軽音部が出来てからは、彼らに占拠されてしまい、そのまま、軽音部専用の部室となったらしい。
そうなってからでも、もう二十年は経つ、軽音部は結構歴史があるようだ。
鉄郎が弾ける楽器については、華澄が、疑問に思い、聞いた。
軽音部ではドラムを担当しているが、元貴にベース指導をするのも適切で、教本も一応広げているが、彼自身はまるで見ていない。だから、華澄は鉄郎に、「センパイはベースも弾けるの?」と聞いた。
すると、彼は「いんやー? 楽器なら大抵弾ける」と、元貴の手先を見て指導しながら応えたものだから、一年は驚愕する。
詳しく何が弾けるのかと聞けば、まず、ドラム、そしてピアノやキーボード、ギター、ベース、ヴァイオリン、ヴィオラ、サックス、トランペット、クラリネット・・・・・・と弦楽器、管楽器構わず楽器ならなんだって弾けるのだと笑った。
「まあ、一番得意なのはピアノ」
「「「意外!」」」
「喧嘩売ってんのか」
三人にとって、奏者の大抵が緻密で繊細そうなイメージだったピアノが一番得意という、大雑把代表豪快な鉄郎に一年生は揃って意外そうにする。
すると、鉄郎は心外に思ったのか、キーボードの電源を入れる。
ポーン・・・・・・とある一音を鳴らすと、すぅ・・・・・・と息を吸って、三人が聞いたことのない激しく情熱的な一曲を披露してくれた。
「(やだ、こんなの無理。立ってらんない)」
いやらしく豪快に、楽しそうに笑いながら演奏する鉄郎を見て、演奏を聴いて、立って聴いていた華澄が腰を抜かし椅子にへなへなと座り込む。
男子二人も浴びせられる衝撃に耐えるようにビリビリした空気の中、必死に立っていた。
演奏が終わると、ふぅ、と息を吐く鉄郎。
「こんな激しいピアノの演奏初めて見たかも」
ピアノ、イコール、柔らかく優しいというイメージだった、華澄。
椅子に座り込んで呆然としていた。
「これ、遥がくれた曲なんだよ。俺をイメージして作ったっつって」
「「え?!」」
「ん?? はるか、さん、って誰?」
この激しく情熱的な曲はあの聖母のような青年が書いたという。
『遥』を知らない元貴はその人物について知りたがったが、双子はただただ驚いた。
あの人が、こんな『激情』を、書くなんて。
でも、この人に贈るならこんな情熱的な熱い曲が相応しい、と双子は何となく納得してしまった。
そして匠海は、ただただその『遥から情熱的な曲を贈られた』という事実に激しく嫉妬していた。
「ねね、はるかさんって誰??」
「あー、俺の幼馴染で、ここの会長様だよ」
「ああ!! あの在校生代表してた超絶美人さんか!!」
「あいつの前で『美人』とか言うなよ? 機嫌損ねるとめんどいから」
それからは、主に遥について話していた。
そうしたら帰宅時間になっていた。
軽音部は、ベースをソフトケースに入れて元貴に教本と一緒に貸し出してから、途中まで一緒に帰宅する。
ノリの似ていた四人は馬鹿な話をして、帰路も楽しんだ。
鉄郎と、元貴と別れてから、双子はケーキ屋に寄った。
大きなイチゴショートケーキをホールで買って、『高校入学おめでとう!』とプレートに書いてもらった。
大切に自宅まで持って帰って、ケーキを冷蔵庫に入れる。
そして、広いリビングに鎮座する大きなソファーに二人揃って座り、匠海のiPhoneで色んな料理を吟味して出前した。
今日くらい、贅沢したって、いいじゃない。
他のみんなは家族が祝ってくれる。
でも、双子はお互いしかいない。
だったら、今日は好きなものを楽して好きなだけ食べたい。
二人で相棒を愛でていたら、出前ラッシュが起きる。
次々来る出前を受け取り、ダイニングテーブルに並べる。圧巻だ。
二人でも一日で食べきれない気もするがその時は明日の弁当にでも入れよう。
いただきます!!
「うまーい!!」
「これも美味いぞ!」
「え! 頂戴!!」
「ほらよ!」
華澄があーん!と口を開くと、匠海は自分の皿に乗っていた料理を箸で掴み、彼女の口に入れてやる。
余所から見れば恋人同士かよという光景だが、こんなのは彼らにとっては日常茶飯事である。
彼らはそれほどに仲がいい。
お互いがお互いの支えなのだ。まだ今は。
「なー、鉄郎先輩って、かっこいいよな」
「・・・・・・何、急に」
急に憧れの先輩の名前を出されて困惑する華澄。
元々彼に惹かれていたが、あの遥が作った曲を聞いてどうしようもなく恋焦がれてしまった。
あの豪快な演奏に、情熱的に楽しそうにキーボードを愛でる姿に、あのゴツゴツした指に・・・・・・。
華澄はどうしようもなく惹かれて、それに匠海は気づいてしまった。
でも、華澄には傷ついてほしくないから・・・・・・。
「いやぁ? お前の初恋はいつなのかなって思っただけ」
「・・・・・・あんたは綺麗なお兄さんに初恋したんじゃないの?」
「は、はぁ?!」
双子は今回の恋が『初恋』らしい。
別に馬鹿にしたような感じではなかったが、何となく気づかれてしまった事が不服で華澄は反撃した。
匠海は、噓がつけない。すぐに焦りが言動に出てしまう。
はぁ・・・・・・。とため息を一つ吐く匠海。降参。
「・・・・・・なんで分かったんだよ。オレだってまだ気づきかけてるだけだぞ」
「コサージュ付けてもらってるときとか、えっちな本読んで興奮してる時の顔してたし」
「いや、なんで見てんだよ。ノックなしで部屋覗くなって言ってんだろうよ」
「ノックに気づかないでハアハアしてたあんたが悪い」
「・・・・・・」
これからはそういうモノを愛でるときは華澄が留守の時にしようと匠海は固く誓った。
「・・・・・・きもいだろ、オレ」
「いや? いいんじゃない? あたしは結構そういうの好き」
「まさかの腐女子暴露ワロタ」
「お姉ちゃんが理解あってよかったね!! 恋が発展したら報告よろ~」
同性に恋なんて・・・・・・。と塞ぎ込む匠海だが、彼の姉は案外寛容で。
腐女子だから、現実の同性愛も受け入れられるかと言えば、否であるが、華澄は匠海が幸せになれるなら応援したい。
「オレ、あの人の事、好きなんかな?」
「私だってまだてつセンパイとのことわかんないよ。でも、そういうことを言い出したのはあんた」
「・・・・・・すんませんでした」
匠海は華澄に頭が上がらない。
匠海は少し向こう見ずな性格をしていて、よく考えず発言するときもあり、それを華澄に論破されるというオチがほとんどである。
「ねぇ、まだ、まだ、『恋』か分かんないけど、あの人たちをもっと知りたいね」
「・・・・・・うん。そうだな」
そんな話をした翌日だった。
入学式の翌日だが、科目担当からの説明やらで疲れを感じた昼休み。
匠海は教室から出て、トイレに行き、ふと、開いた窓からピアノの綺麗な旋律が聞こえてきた。
匠海も色んな音楽を聴くが、聴いたことがない、澄んだ清く温かい曲だった。
「(鉄郎先輩??いや、もしかしたら・・・・・・)」
なんとなくその曲の奏者が、あの聖母のような先輩のような気がした。
足が自然に音のする方、音楽室Ⅰに向かっていく。
音楽室Ⅰに近づくにつれ、段々、鮮明に音楽が匠海を包み込む。
「・・・・・・!!」
音楽室Ⅰの扉は開いていて、ピアノに向かい座っている人物も見えた。
聖母のような先輩、こと、遥だ。
瞳を伏せて、旋律に合わせ体を揺らし、音楽に入り込む。
そんな想い人に、触れたくなる。
―ガタッ!
「あ!!」
「?? あれ? 匠海くん??」
「・・・・・・っス」
触れたくて、触れたくて、思わず手を伸ばした。
すると、足が扉にぶつかってしまい、大きな音を立て、遥が匠海の存在に気づく。
遥は、ピアノを弾くのをやめて、椅子から立ち上がり、覗き魔の彼にニコニコ微笑む。
やっぱ遥先輩は聖母だ、と思う匠海だった。
「どうしたの??」
「あ、い、いや、綺麗なピアノの音が聞こえたから誰が、弾いてんのかなって・・・・・・」
「ふふ、残念、俺でした~!」
「ざ、残念ではない、っス・・・・・・」
ぎこちない答えを続ける匠海に、ふふふ、と愉快そうに笑う遥。
匠海はなんだか悔しくなる。
「この人は、自分なんか眼中に無いんだろうな」そう思うと、胸がギュウ・・・・・・っとなって、自覚する。
自分は、この人を好きになってしまった。
そう気づいて、絶望した。
どうして、この人は男なんだろう。
どうして、自分は男なんだろう。
なんて望みのない恋をしたのだろう。
嗚呼、好きだ。
もっと、この人のピアノが聴きたい。
「・・・・・・先輩、もっと、ピアノ聴きたいです。あんたが弾いてる、綺麗なピアノが」
遥はびっくりして目を見開いてから、頬を仄かに赤らめて微笑む。
「いいよ。俺のオリジナルの曲でいい? 何かリクエストはある??」
「オレ、先輩の作った曲が、聴きたいです」
「ふふ、わかった。ここ、座って?」
「っス」
匠海をピアノの近くの席に座らせて、そうして、遥は色々な曲を聴かせてくれた。
切ない曲、明るい曲、楽しい曲、情熱的な曲、おどろおどろしい粘着質な曲・・・・・・。
匠海にとって、それら全てが愛おしい。
『玖木遥という人物が作った』という事実が愛おしく、そして、憎らしい。
憎らしい程に、愛おしい。
もっと聴きたいと思ったが、予鈴が鳴り響き、逢瀬はここまでになる。
「残念。もう終わりだね」
「・・・・・・もっと、聴いてたかったっス」
残念そうに不貞腐れる匠海を見て遥がまた愉快そうにふふふ、と笑う。
そして、今までに見たことないくらい色気を含んだ瞳で匠海に微笑む。
「また、今度ね」
「え、あ、あの」
「俺の曲たちは日の目を見ないからたまには誰かに聴いてもらえなきゃ可哀想でしょ? ・・・・・・まあ、匠海くんさえよければ、だけどね」
ピアノを片付けながら言ったこの言葉、遥はどれだけ勇気を振り絞って言ったのだろう。
匠海はそんな勇気など知らずに、ただ、この愛おしい人との接点が嬉しい。
「え、あ、じゃ、じゃあ、ぜひ! 昼休憩に此処に来ればいいですか?」
「うん。昼は大体此処にいるから。用事あって来れないときはラインするね」
「うす!!」
ラインは最初、ファミレスでご飯を食べたときに交換していたが、使ったことはなかった。
そんなに頻繁にはラインはできないだろうが、でも、その繋がりが役割を果たせそうでまた、嬉しい。
遥は、音楽室の鍵を返すから、と先に匠海を帰す。
そして、匠海が見えなくなってから、その場にズルズル・・・・・・っと座り込む。
そして、両手で顔を覆い、息を深く吐く。
「・・・・・・緊張した(まさか、キミが来てくれるなんて・・・・・・)」
遥の顔は、真っ赤に染まり、聖母から、欲を知った恋する乙女に変わっていた。
―つづく―
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