第八話 この濁流が貴方を飲み込んだら、

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第八話 この濁流が貴方を飲み込んだら、

 あれからぎこちなくはあるものの、日常を過ごしていた匠海と遥は、四月下旬、今日も真昼の逢瀬を満喫していた。 「遥先輩、新しい曲作りたいんっすけど、出だしはこっちとこっち、どっちがいいかな?」 「うん? こう、と、こう、だから・・・・・・」  遥がピアノの譜面台に匠海の書いた曲の五線譜をセッティングして実際に弾いてくれる。  ギターコードをすぐピアノコードにアレンジして切り替えて弾いてくれて匠海は改めて遥を尊敬した。 「うーん、どっちも捨てがたいな。どんな曲にしたいとかある?」 「華澄が、その、『恋』の曲を書きたいっていうから・・・・・・。テーマは、その・・・・・・、『初恋』で」 「恋・・・・・・」  遥が物憂げな表情をしたから、匠海は大丈夫かと顔を覗き込もうとすると、彼は、ふふふ、と愛らしく微笑んだ。そして、タラランッ!とピアノを鳴らす。 「華澄ちゃんは彼氏いるの?」 「いや、つい最近、気になる人がって・・・・・・あ、口外すんなって言われてたんだった」 「大丈夫。言わないよ。そっか、そっか(・・・・・・匠海くんは女の子にモテそうだな・・・・・・まあ、俺みたいな男より可愛い女の子選ぶよな・・・・・・)」  自分なんかより、匠海には可愛い女の子が似合うと、遥は嘆く。  匠海が自分を好いているとは知らずに。 「先輩?」 「うん? ああ、ごめん、どっちがいいかな~って。俺はこっちの響きが好きかな」  遥は『初恋のやつ タイトル(未)②』と上部に書かれた方を気に入ったようで、もう一度アレンジを加えて弾いてくれた。 「・・・・・・オレもこっちが好き」 「奇遇だね。でも、この①の方もいい響き」  にっこり笑う遥が愛おしくて、いつか抱きしめてしまうんじゃないかと危うく思う。  でも、男に抱きしめられても気持ち悪いだけか、と落ち込む匠海。  自覚してから、二人とも、何処か、ぎこちない。  そうこうしていると、時間になり、今日の逢瀬もお開きになる。 「あ、匠海くん、俺、明日、生徒会の仕事あるから来れないんだった」 「明後日の合同ハイキングのやつですか?」  四月下旬のゴールデンウイーク直前。  この高校では一、二年合同で交流のためにハイキングに行く風習がある。  その進行役に生徒会が一役買っていた。 「うん。先生方と打合せあるんだ」 「大変っすね。・・・・・・先輩に会えないなら明日は暇だな」 「ふふ、そう?(・・・・・・そんなこと、言わないで)」  何気なく匠海が言った言葉に胸がギュウっとなる。  平常心なんて装えているだろうか? ポーカーフェイスになれているだろうか?  内心、穏やかではない遥を余所に、匠海は遥が持っていた鍵を掬う。 「え? 匠海くん?」 「今日は俺が持ってきます」 「え、でも、」 「いいから。今日もあざした!!」  にっ、と男らしい笑みを見せて音楽室の鍵を片付けるために去っていく匠海。  はぁ、っとため息を吐いて、遥は、そんな匠海の後ろ姿に手を伸ばして、辞める。 「(・・・・・・どうしてこんなにも、愛おしいんだろう。キミには、可愛い女の子が似合うのに)」  幼馴染の妹みたいなちょっとぶりっこで、計算高い、巨乳の、女の子とか。  でも、どうしても、どこの誰にも渡したくない。  嗚呼、ごめんなさい。  いつかこの濁流が貴方を飲み込んだ時、貴方は溺れずに掬いあがってくれるだろうか・・・・・・。  そんな心配をしながら遥は教室へ戻る。 「・・・・・・どしたん」 「・・・・・・何が」  隣の席の幼馴染が、相変わらずグラビア雑誌を見ながら、心配してくる。  そんなに、酷い顔をしているのか。 「俺、どんな顔してる?」 「今にも泣きそうだけど、てっちゃんの胸はいるか?」 「いらない」 「そか、なら踏ん張れ」 「・・・・・・うん、もう大丈夫」 「そか」  幼馴染の『踏ん張れ』に何度救われたか。  色々あったけれど、この一見ちゃらんぽらんな軟派男が、幼馴染でよかったと思える瞬間だった。 「(・・・・・・匠海と、なんか、いや、こいつはいつも勘違いして落ち込むタイプだ。まあ、探り、入れるか)」  そうして、鉄郎は軽音部のグループチャットにラインを投下する。と同時に科目担当の教師が教室に入ってくる 『一年坊共、喜べ。俺と遥がハイキング、一緒に回ってやる』  その話題で持ちきりになるだろう次の休憩時間に笑いが止まらなくなって、科目担当に心配された鉄郎だった。  ―キーンコーンカーンコーン  五限目が終わり、iPhoneを見るとまた不敵にニィ、っと笑う鉄郎。女子が何人か悲鳴を上げた。 「っちょ、ちょっと、てつ!! 軽音部のあの子たちに何言ったの?!」 「ハイキング一緒にいこーぜって♡」 「なんで、俺も一緒に行くことになってんの?! そんな話した?!」 「してなーい」  勝手に話を進めたことに全く反省をしていない鉄郎。  遥は双子からそれぞれラインが入っていて困惑していた。  鉄郎は不意に息を一つ吐いて、遥を睨む。  如何せん厳つい彼に睨まれると、遥でも怯んでしまう。 「好きなら、堂々と告れよ。じゃないと誰も報われんぞ」 「・・・・・・そんなの、」 「胸張れる恋じゃないなら諦めろ。俺みたいにな」 「!!」  突き放された気がした。  いや、実際、突き放されたのだ。  鉄郎は、幼馴染としてではなく、一人の男として、忠告した。  彼は、自分の恋を胸を張って自慢できるようなものじゃないと思っていた。  相手は同性の幼馴染。  そんな恋で、報われた例もあるかもしれない。  でも、鉄郎は、それを、良しとしなかった。  ただ、抑えきれず、性欲発散に女を沢山鳴かせたし、泣かせた。  そんな男に遥はなってほしくなかった。 「・・・・・・見込みはあるの?」 「わかんねーけど、だから、ハイキングで仲良しになろーやって言ってんの。まあ? もう仲良くしてるみたいだけど~?」 「・・・・・・むかつく」  遥は、とりあえず返信をしていなかった双子へのラインに返信した。  そして、鉄郎に頼んで軽音部とは別の、軽音部のメンバーと遥が入ったグループチャットを作ってもらった。  しかし、元貴からのラインが騒がしくとても多くて鬱陶しくて早々に後悔した。  でも、なんだか、濁流が自分と彼を掬ってくれる気がした。 ―つづく―
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