0人が本棚に入れています
本棚に追加
第四章:リサ
雨が降りそうだ。
いや、雪かもしれない。
もうそろそろ雪が降り出してもおかしくない季節だ。
夕暮れ時の街。私は急いでいた。このままでは締切日までに仕事が間に合わない。
暖色の灯りが漏れるお洒落な雑貨屋、上質なワインの香りが漂うレストラン、質のいい生地で出来た洋服や鞄が揃う優雅な服屋などが立ち並ぶ賑やかなこの通りを、私は一人足早に進む。
私の頭を悩ませるのは、常に仕事のことだ。
別に、嫌な訳では無い。
むしろ仕事が生きがいだと言ってもいいほど、私は仕事が好きだった。
うつむき加減で考え事をしながら歩いていると、不意に目の前に花束が現れる。
驚いて顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべる私の恋人がいた。
「ハッピーバースデー、リサ。……たまにはちゃんと休まなきゃダメだよ。」
心配そうな表情で、彼は私の顔をのぞき込む。
「ええ、わかってる。今はちょっと仕事が忙しいだけ。……ありがと。」
花束を受け取り、私は軽く頭を抱える。
外での夕食の誘いを断り、私と彼は共に帰路に着いた。
彼には悪いが、今は誕生日などで浮かれている余裕はない。
数日後までに提出予定の仕事が片付かないどころか、まだしっくりくる案すらまともに出せていない状況なのだ。
纏める段階の話ですらない。
私は料理を作りながら気遣ってくれる彼に適当な相槌を返し、珈琲を片手に自室に戻った。
質素なデスクの前に腰を下ろす。
こういう生活も、もうどれくらい続いているだろうか。
最近食欲もあまりなく、以前にも増して身体が細くなったような気がする。
しかし自身の体調のことは、あまり気に留めている余裕がない。
私は色々と私生活でのフォローをしてくれる彼に甘え、この日もまた夜遅くまで資料と向き合っていた。
最初のコメントを投稿しよう!