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「ところでとらくん、どうしたピョン。さっきからずいぶんと、大人しいピョンけど」
一切話し合いには加わらず、目だけを行き来させる虎にうさぎが聞いた。
「具合でも悪いピョン?」
虎はううんと首を振ると、顎下に黄色い前足をあてがった。ジュルリ、垂れる何か。
「ガ、ガオ……さっきからみんなが、ご飯にしか見えなくて、ガオ……」
ジュルリ、ぽたり。ジュルリ、ぽたり。
大きな虎の口から見えるのは、大量よだれと真っ赤な舌。そして鋭い牙が、上と下に二本ずつ。
「ごめんガ、ガオ。み、みんなを食べたくて、ガガガ、オ……」
己を抑制するように、虎は自身の前足をググっと噛んだ。
ジュルリ、ぽたり。ジュルリ、ぽたり。
その前足が離れた瞬間、皆の背筋が凍りつく。
「ガァオー!!!」
「ぎゃーーーーーー!!!」
猪がスタートダッシュを切ったのを皮切りに、九匹の動物たちが一斉に社務所から逃げ出した。
「ガオー!ガオー!!!」
半狂乱状態の虎には最早もう、誰も手がつけられぬ。彼に捕まれば、食される。
ガオガオぎゃあぎゃあ言いながら、火花の如く散った計十匹の背中を見ながら猫は言う。
「び、びっくりして逃げ遅れちゃったニャ……」
恐怖でガタガタ震える猫の足に、ねずみがぽんと前足を乗せた。
「結果オーライっチュ!」
はつらつとしたその声は、怯えのひとつもないように思えた。
「りゅうくんも助かってよかったニャンね。ドキドキしたニャ?」
座布団に腰を据えたまま、微動だにしない龍に対してそう聞いた猫には、ねずみが「ばかっチュねえ」と半笑い。
「十二支の中で一番強いのはりゅうくんチュ。だからぼくは、敢えてりゅうくんの側から離れなかったんチュ。りゅうくんの近くにいれば、とらくんは来ないっチュからね」
「わあ、なるほどニャン。やっぱりねずみくんは昔から、頭が良いニャンね」
「そんなことないっチュよ。でも、そう言ってもらえて嬉しいっチュ。ありがチュウ。ねこくんとは、これからも上手くやっていけそうだっチュ」
「ねずみくん……」
感極まった猫の瞳からは、涙がこぼれ落ちそうになった。それを必死に堪えて、猫は言う。
「ぼくも、そう思うニャンッ」
長年心にあった遺恨が、今晴れていく。
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