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改札をくぐり、発券所を通り過ぎてロータリーをまたいだ。太陽で色褪せたくまのぬいぐるみ。赤茶けているがモダンなカフェ。滴る汗を拭いながら、ドアを開けた。濡れた肌をエアコンの風が冷まし、ほぅっと息をついた。
さち先輩はまだ来ていないようだ。なるべく冷気があたり、なおかつ彼女が見つけやすい席に陣取ろう。
女子大生と思しきウェイトレスが、水とメニューを持ってきた。腕時計を見ると、待ち合わせ十分前。アイスココアを頼むのはまだ早い。遅れて来ることも想定済みだ。窓の向こうに彼女の姿が見えたら、サッと手を上げて注文すればいい。
今日のデートプランには自信を持っている。きっと喜んでもらえると思う。さて、待ち合わせ時点の減点はどのくらいだ? さち先輩のテンションはどの程度維持できているのだ?
ええい、クソ忌々しい夏の暑さめ。出かける前は自分のビジュアルに自信を持てていたのに、今の俺はハリネズミならぬ濡れネズミだ。強風よ、巻き起これ! 髪型はこの際どうでもいい。俺の汗を乾かしてくれ!
ふぅ。よし、落ち着け。とりあえずプロットを組み直そう。すでに用意したプランにサプライズを織り込むのだ。それはどこに。手はあるはずだ。是が非にも加点を導かねばならないのだから、よく考えろ。
『貴夫はウザイ』
『アイディアもウザイ』
『マジでウザイ』
『あーウザイ』
悪魔たちが、繰り返し囁く。
俺の気持ちが萎えていく……。
だがしかし、さち先輩を想う気持ちは本当なんだ。もういいよ。ウザイのは分かったよ。それはしっかり認めるよ。だからと言ってこの恋ばかりは諦められないのよ。お願いよ。起死回生の天啓を与えてちょうだいよ。他の誰にウザイって思われてもいいから、さち先輩とは仲良くいさせてよ。
ほろり、涙が零れた。
と思ったら、それは汗だった。
おい、冷房はどうした。まさか、設定温度を上げたんじゃあるまいな?
さっきのウェイトレスが、俺のもとに駆け寄ってきた。その手には、地方ラジオのロゴが入った団扇が数枚握られている。
「お客さん、ごめんねえ。冷房壊れちゃったみたい。とりあえず扇風機を出すから、それまでこれで扇いどいて。これから業者に連絡するの。水が欲しかったら言ってね」
俺は、自分が呪われていると思った。
あの悪魔たちは、どうしたってこの恋を邪魔したいようだ。
確かに気遣いはド下手だったかも知れないが、俺はおまえたちを傷つけるような何かをしたか。
胸の前で十字を切った。
臨兵闘者皆陣列在前!
ついでに手を使って九字の印も結んでみた。祓ってやる。消え失せろ悪魔ども!
そのとき、窓の外にさち先輩の姿が見えた。
それだけで俺の心は嘘みたいに高鳴った。
サッと手を上げ、アイスココアを注文する。とりあえず早く、とウェイトレスを急かす。
さち先輩。
間違えることもあると思うけど、俺は精一杯、気持ちを伝えますからね!
(了)
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