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「あたしらがコピーしてるバンドあるじゃん。生まれる前に、とっくに解散してるんだけどさ」
それは隆浩も知っているようだった。
黙って、頷いている。
「それがさ、ずーっとイカつい曲ばっかだったのに、解散間際に1曲だけ、びっくりするくらいどストレートなラブソングを出したんだよね」
和泉は憧れの視線を、空に投げかけた。
「それがすごい、カッコいいと思ってた。ああいうバンドになりたいって」
言葉に熱が籠っている。
本当に、好きなんだな。
「だからメンバーに言った。イカついのだけじゃなくて、こういうのもやろうよって。バリエーションあるところアピールしてみようって」
「それで、あの曲か」
「うん。選ぶ人にも言われたんだ。技術はまだまだだけど、幅のあるところがいいってさ。だから、ありがと!」
そう言って、ニカッと笑った。
隆浩も満足そうに笑い返す。
その勢いで、なにかを言おうとしたらしいが。
「じゃあ、またね。あの曲もやるから聞きに来て!関係者だし、招待券出すから!」
和泉は爽やかにそう言うと、またもや駆け出していき、人混みにまぎれてしまった。
隆浩はといえば、まだ動けずにいる。
やれやれ。
先が思いやられる。
そう思ったときだった。
人混みのあいだから、淡い水色の泡のようなものが浮かんで、隆浩へと飛んできた。
そして鼻の先に止まる。
隆浩には見えない。
あ、宝珠だ。
あたしは肩から一気に跳ねると、宝珠に思いっきり食らいついた。
隆浩は商店街に向かって歩き始める。
あたしは動きをいったんやめ、その背中を見送った。
そのタイミングで、偶然、人の流れが切れた。
そして。
今日は和泉がそこで待っていた。
隆浩の背中が一瞬こわばる。
でも、足は止めない。
隆浩が追いつくと、和泉はなにも言わないまま、並んで歩き始めた。
手を繋ぐ……まではいかないらしい。
ただ足並みを揃えるだけ。
ただそれだけなのに、ゆっくりと歩き始めた2人の姿は、夕陽を浴びてきらきら光ってるみたいだった。
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