最終話  愛よさらば

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最終話  愛よさらば

 「『オカ研の死神』は……君だ!!」  僕の指は、しっかりと南野さんを差した。 「えっ……はぁ? 私がみんなを殺したっていうの!?」 「そうだよ南野さん……熊田も犬飼も、猪瀬も虎杖(いたどり)も、君に殺されたんだ」 「何でっ……何を根拠に!?」 「オカ研の部員達には、ある“共通点”が有ったんだ」 「共通点!?」 「飼、瀬、杖、田、鹿島、場、和村……みんな名字に、『動物の名前』が含まれている。 そして南野さん、君の名前にだけ、動物が入ってない」 「なっ……!」 「いつか虎杖が言っていた。 君に誘われてオカ研に入ったと。 僕もそうだ。 きっと他のメンバーもそうだろう。 君がオカ研を創り、何らかの理由で、名前に動物名を含む僕達を集めたんだ。 ホームズ君のピアノ演奏が、僕に気付かせてくれた」 「あ、うん……」  ホームズ君は、力なく微笑む。 「そ、そんなの……ただの偶然よ! たかが名前じゃない!」 「いや。 さっきの南野さんの台詞で、疑惑が確信に変わった」 「私の……台詞……?」 「君は言ったんだ。 虎杖は、深夜にバイクで松原湖を訪れたと……」 「そうよ、それがどうかしたの!?」 「コロンボや古畑任三郎等でもお馴染みの、『犯人しか知り得ない事実』ってヤツだよ」 「はぁ?」 「虎杖が夜中にバイクで出掛けたのを知ってるのは、家族だけだ。 そして虎杖のバイクを松原湖で見つけたのも、僕とホームズ君だ。 僕たち捜索隊しか知らないし、警察も発表していない。 ……そしてその事実を他に知り得る人物は、犯人だけだ」 「!! ……じゃあ、虎杖くんをどうやって殺したっていうの!? 凶器も、虎杖くんの遺体すら見つかっていないんでしょ!?」 「これは僕の推測だけど。 君は深夜に虎杖を松原湖に誘い出した。 そして真冬の水の中に、虎杖を落としたんだ」 「なっ……そんな事、非力な私にできる訳ないじゃない! 松原湖は冬の間、厚い氷に覆われてるのよ!?」 「うん。 だから釣り人は皆、湖の氷に穴を開ける。 この前君が持ってた、『電動ドリルドライバー』でね」 「ハァ!?」 「先端の刃先をアイスドリルに替えれば、1分もかからない。 女性の君でも、そう難しい作業じゃない筈だ。 虎杖を…そして恐らくは犬飼もこの方法で殺害した。 きっと彼等の死体が見つかるのは、氷の溶けた春になるだろう」  鹿島が割って入る。 「まっ……待て待て! じゃあ、猪瀬はどうやって殺した!? あいつはこの部室の前で死んでいたんだぞ。 しかも窒息して」 「それもホームズ君が教えてくれた。 ホームズ君は猪瀬が死んだ事件当日、いみじくも『密室殺人』と言っていたんだ」  皆が視線を向けると、ホームズ君は弱々しくピースサインを出す。  馬場が眉間に(しわ)を寄せて(うめ)く。 「でっ、でも、密室って言ったって……猪瀬君は、部室の前で倒れていたんだよ!?」 「そうだ。 この部屋は完全なる密室だったんだ。 猪瀬がドアを開けるまでは」 「ドアを……開けるまで……!?」 「殺害方法は硫化水素。 銀が変色する原因さ。 火山ガスや、温泉等にも含まれる気体だけど、日用品でも簡単に作る事ができる。 トイレ用酸性洗剤と、入浴剤…… 石灰硫黄合剤(せっかいいおうごうざい)を混ぜると、H2Sが発生する。 一時期自殺によく利用され、問題にもなった」 「待て、硫化水素は酸素中濃度に大きく左右される筈だ」  僕は鹿島に頷きかける。 「そう。 本来なら硫化ガスを作っても、あっと言う間に雲散(うんさん)する。 でも窓一つないこの部屋は、高密度に保たれていた。 南野さんはこの部屋で硫化ガスを発生させた後、友達と一緒に帰ってアリバイを作った。 あとは猪瀬を誘き寄せ、ドアを開けさせるだけだ。 南野さんが『会いたい』とでも言えば、飛んでくるだろう。 一呼吸すれば、たちまち痙攣を起こし、呼吸麻痺で即死。 硫化水素を吸った死体は、溺死体のように全身が緑色になる、猪瀬の様にね。 そして開いたドアから、硫化水素は霧消(むしょう)する」  しばしの静寂の後、南野さんが沈黙を破る。 「さっきから聞いてたら…… 和兎村(わとむら)くんの言ってる事って、全部ただの憶測だよね。 私がやったっていう証拠は、何も無いじゃない!」  僕は首を縦に振った。 「その通りだよ、南野さん。 全ては僕の推測の上に基づいている。 君がしらばっくれたら、それまでだ」 「じゃあ、何で……!」 「これは個人的な問題だけど、僕は君が犯人であって欲しくないと、今なお願っている。 仮に犯人だったとしても、これ以上罪を重ねて欲しくないと……」  南野さんはつぶらな瞳で、真っ直ぐ僕を見つめている。 「正直なところ、僕は君を警察に突き出すつもりも無い。 これからもオカ研の姫として、ここに居て欲しいんだ。 人としてダメな判断かもしれないけど、僕はずっと君の傍で居たい」 「和兎村くん……」 「君は本来、こんな残酷な事をするような女性じゃない筈だ。 君を凶行に駆り立てたのは、恐らく自殺した芹沢 若菜さんが関係しているね?」  南野さんの顔色が変わった。 「以前馬場と話した内容が何となく引っ掛かってて、芹沢さんの事をネットで調べたんだ。 そしたら複数のアダルトサイトに、芹沢さんの裸の写真が載っていた」 「!!」  南野さんの体が強張る。 「昨夜、一晩かけてあらゆる写真を探し出した。 その数、17枚」 「ジェバンニかよ!!」  ホームズ君が声を上げる。 「そしてその写真の内1枚を見て、誰の所業か分かった。 彼女の傍らに、脱ぎ捨てられた学ランが映っていたんだ。 (えり)には、湖南学園 生徒会長のバッジが付いていた」 「まさか……」  南野さんが目を見開く。 「そう。 芹沢さんのリベンジポルノを流出させたのは、鹿島……君の仕業だね」  鹿島の顔から生気が消えた。 「くっ……ふ、ふざけるなっ! あの女が、別れたいっていうから……! 少し脅しただけだ! クソッ、まさか……自殺するなんて……!」 「そう……若菜を死に追いやったのは、貴方だったのね……」  南野さんの顔から、表情が消えた。 次の瞬間、彼女の顔に、ざわざわと黒い影が満ちていくように見えた。 「アハッ……アハハ! アハハハ、ウケる! アハ、アハ、アハハアハ!!」  南野さんがケタケタと、甲高い笑い声を上げる。  みんな声を失い、南野さんをただ黙って見つめていた。 「ククッ……うひひひ! 私も運が悪いなぁ……。 無差別に4人も殺したのに、うっかり真犯人を外していたなんてね」 「南野さん……」  僕が必死に絞り出した声は、とても乾いていた。 「若菜は……私が物心つく前からの、大親友なの。 ある意味、肉親よりも大切な存在だった。 そんな若菜に、初めての彼氏ができた。 自分の事のように嬉しかったわ。 恥ずかしがって、なかなか彼氏の事を教えてくれなかったけれど、ある時、名字に動物名がつくってヒントをくれた」  僕達は、誰一人 言葉を発する事ができなかった。 「それから暫くの後、若菜は思い悩むようになったわ。 最初は優しかった彼氏が、DVやモラハラをしてくるって。 別れを切り出したら、リベンジポルノを流出させられたって。 そして、若菜は自らの命を絶った」 「くっ……俺のせいじゃない! あの女が、俺の言うとおりにしないからっ……!」  狼狽(ろうばい)する鹿島に、南野さんは微笑みかけた。 「ウフフ……だから私が、復讐するの」  南野さんの笑顔が、悪鬼のようにゆがむ。  彼女は突如カバンに手を突っ込むと、包丁を取り出した。 「鹿島、あんたを殺す! 若菜の恨みを、私が晴らすの! キィィェェエエエ!!」  鹿島に向かって突進する南野さんの前に、僕は立ち塞がった。  無心だった。 気付けば僕は、両手で包丁の刃を握っていた。 「ダメだ……南野さんっ……! これ以上、罪を……重ねないで……!」 「なっ……何やってんのよ、和兎村くん! 離してよ、あいつを殺す!!」 「ひぃっ!!」  鹿島は腰が抜けたのか、後ろにひっくり返り、起き上がれないようだった。  包丁を掴んだ僕の両手から、鮮血がポタリポタリと(したた)り落ちる。 「南野さん……僕は、君の事が好きだ……! こんな事になってしまったけど、オカ研に誘われた時から、ずっと君に恋い焦がれていたんだっ……!」 「バッカじゃない!? アンタの事だって、いずれ殺すつもりで勧誘したんだから……!」 「最初からそのつもりだったとしても、僕は構わない……! 南野さん、君は本来なら心優しい女性だった筈だ……!」 「くっ……アンタ……ホント馬鹿ね……!」  南野さんの両手から力が抜け、カランと包丁が床に落ちた。 「ふふっ……途中までは私の思惑通りだったのに……あのホームズって男がやって来てから、全部計画が狂っちゃった」  放心状態から、我に返ったホームズ君が呟いた。 「あ、ハイ……」  その後警察がやって来て、南野さんは連行された。  彼女は全て自白し、供述内容は概ね僕の推理通りだった。  後日 鹿島も、リベンジポルノ被害防止法により、逮捕された。  こうしてオカ研を巡る事件は終決した。  ――あれから1ヶ月が経った。  事件後には報道陣やら何やらで騒がしかったけど、今では湖南(こなん)学園も以前の落ち着きを取り戻しつつある。  ホームズ君と僕が事件を解決したと噂になり、特にイケメンのホームズ君は、学園中の注目の的となった。  学食で向かい合って昼食を取っていると、周りの皆がホームズ君の噂をしているのが分かる。  ホームズ君は、アジフライを口に放り込みながら尋ねてくる。 「相棒、具合はどうだい?」 「うん、思いっ切り包丁握っちゃったけど、幸いにも軽傷で済んだ」 「いや、怪我じゃなくてね。 ミス・南野が逮捕されて、落ち込んでるんじゃないかと……」 「うん、まぁ……僕の初恋だったからね。 今でも偶に夢に見るんだ」  ホームズ君は、いたずらっ子のような目つきで笑った。 「男は忘れることのできない生き物だ。 男の記憶は積み重なり、そして女の記憶は上書きされる。 仕方ないさ」 「フフッ……うん、そうだね」 「……っていう言葉を、君の皮膚に彫りつけたいわ」 「怖っ! えげつないな、ホームズ君!」 「まぁ今回の事はお手柄だが、僕の助手としては、まだまだ半人前だ。 これからもビシバシしごくから、覚悟していたまえワトソン君」 「ハハハ……分かった、頑張るよ」  僕も子どものように、あどけなく笑った。  ――ホームズは知らない。  目の前の男が、自分を遙かに上回るIQ170の頭脳の持ち主だという事を。  そして後に『令和最高の探偵』と賞賛される事を、和兎村自身もこの時点で 、知る由も無いのであった――。 “相棒は名探偵” -完-
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