第9話  半ばシックスセンス

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第9話  半ばシックスセンス

 虎杖(いたどり)が行方不明になってから数日が過ぎたが、その足取りは全く掴めなかった。  僕達は直接虎杖の実家へ出向き、聞き込みをした。  家族の話によると、深夜にフラッとバイクで出掛け、そのまま居なくなったそうだ。  その後僕とホームズ君は、警察や地元消防団の捜索隊に混ざって一緒に探し回った。  探査する内、僕等は虎杖のスティード600を松原湖のほとりの駐車場で見つけたが、そこで足取りは完全に途絶えた。  家族の意向もあり、この事が大々的に発表されることはなく、1週間後には捜索も打ち切られた。  1ヶ月前に失踪した犬飼と同じく、忽然(こつぜん)と虎杖の存在が損なわれたのだ。  僕達は誰もいない音楽室で向かい合っていた。 「まさかあの虎杖まで神隠しに遭うなんて! あいつは地元じゃ負け知らずの不良なんだ、考えられない。 誰が虎杖を消したんだ、助けてよホームズ君!」  僕は取り乱したが、ホームズ君は動じることなく、目を閉じ、髪を掻き上げた。 「案ずるな相棒、もう犯人の目星は付いてる。 このトリックは、昭和に起きたトリカブト保険金殺人事件からヒントを得ている」 「とっ、トリカブト!?」 「テトロドトキシンとアコニチンを同時に摂取させたら両方の作用でしばらく生き続けられるのを使った、時間差アリバイトリックだ」 「こんなド田舎にトリカブトなんてあるかーッ! もうお寒いブリティッシュ・ジョークは聞き飽きたよっ! これ以上オカ研のメンバーが被害に遭うのを黙って見てられない!」  しかしホームズ君はまるで意に介さず、椅子に腰掛け、ゆっくりとピアノを弾き始めた。  その小気味良くもどこか切ないメロディーに、僕は心奪われ、思わず引き込まれてしまった。 「ホームズ君、この曲は……?」 「カミーユ・サン=サーンスのピアノ組曲、『動物の謝肉祭(しゃにくさい)』」 「サン=サーンス……?」 「彼は興味深い事に、生前この曲の公開演奏及び出版を禁止していた。 理由は現在も明らかになっていない。 彼の死後、紆余曲折を経て、秘書の手により世に出た。 今では数多くのCDが発売され、この曲を音楽の授業で習う学校も多い」  僕は黙って頷いた。  ホームズ君は流れるように鍵盤を(はじ)きながら、説明を続ける。 「自然科学に造形の深かったサン=サーンスは、鋭い視点で動物の行動を観察した。 ライオン、亀、カッコウ、象、カンガルー、白鳥……全14曲から成るこの曲に共通しているのは、数々のパロディー。 他人や民謡から拝借したメロディーが、カリカチュアライズされて織り込まれている」 「14の……動物……共通……」 「どうした相棒?」 「共通点……そうか!! 分かったぞ!!」 「えっ?」 「ホームズ君……君はいつか言っていたね。 ヒントを言葉ではなく、行動で示すと。 だからそのサインを見逃すな、って……君はヒントを与えてくれていたんだね」 「ハァ?」 「ようやく君の意図してる事が理解できたよ。 やっと犯人が分かった」 「はいぃ?」 「でも僕にはまだ、トリックや殺害方法が分からない……」 「ふ……フフッ。 ようやく理解が追いついたかね。 くれぐれも僕の出すヒントを見落とすなよ」 「分かったよ、ホームズ君!」  僕は力強く応えた。  ホームズ君は、情けない笑顔で、親指を立てた。  4時間目終了を告げるチャイムが鳴る。  僕達は学食で隣同士に座り、昼食を頬張っていた。  僕は唐揚げ定食、ホームズ君はアジフライ定食だ。  僕はふと、強烈な違和感を覚えた。 「そういえばホームズ君って、いつもアジのフライを食べてるよね」 「ああ……この学食のアジフライは絶品だな。 イギリスではこんな美味い魚を食った事がない」 「もしかして毎回アジフライを頼むのも、僕にヒントを授けているの?」 「はぁ? ボクはアジが好きなんだ……。 昼飯ぐらい、好きに食わせてくれたまえ」 「アジ……アジ……Ag……Ag……まさか、原子記号!?」 「相棒、……ジャパニーズ・オヤジギャグかい?」 「そうか、ホームズ君! 『銀』がヒントなんだね!?」 「いや……さっきから何言ってんのキミ……」 「でも銀をどうやってトリックに利用するのか……」 「和兎村(わとむら)クン、少し落ち着きたまえ。 怖いよ。 何でアジが銀になるのだ。 それにボクは、シルバー製品があまり好きじゃない。 すぐに酸化して、変色するからね」 「いやホームズ君、銀が変色する原因は、酸化じゃなくて硫化だよ」 「酸化も硫化も似たような化学反応さ」 「いやいや、ドラキーとタホドラキーぐらい、全然違うよ。 待てよ……硫化……!?」 「だから、さっきから何でも事件に結びつけるのは止めたまえ。 『混ぜるな、危険』だよ」 「そうか! そういう事だったのか、ホームズ君! お陰で、謎は全て解けた!」 「OH……クレイジー……」  ホームズ君は、天を仰いだ。  僕は放課後、オカルト研究部の部員達を、部室に集めた。 「……何だ、大事な話って。 俺はこの後塾があって忙しいんだが」  鹿島がイライラしながら、眼鏡のつるを触る。 「もっ、もしかして犯人が分かったの? でも虎杖君は、消息不明だよね?」  馬場が額の汗を拭う。 「虎杖は行方不明じゃない、多分もう死んでる」  僕は語気を強めた。 「殺されたの? 何で分かるの!? 自ら夜中に、松原湖へバイクで向かったんでしょ? 失踪したんじゃないの!?」  南野さんが顔をしかめた。 「ああ。 僕も信じたくはなかった……でも、確信に変わった。 虎杖は殺されたんだ」  僕は高々と右手を振り上げると、一点を指差した。 「『オカ研の死神』は……君だ!!」
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