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「吉田さん」
次に、山崎くんは私の名前を呼んでスッと指を差した。
「……えっと、山崎くん?」
戸惑う私とは裏腹に、山崎くんはニコリと笑みを浮かべて私の前に立つ。そのまま手紙を差し出すと、何故か得意気に口を開いた。
「俺ね、渡す相手だけは最初から間違ってなかったの」
目の前にあるのは白い封筒。右上がりの字で『吉田麻奈さんへ』と私の名前がしっかりと書かれている。
「え? あ……は?」
突然の出来事に私は目を白黒させることしか出来ない。
「いやぁ、最初は焦ったよね。手紙を吉田さんの机に入れたあと、帰ろうと思って鞄の中見たらもう一通あるのに気付いてさ、なんでもう一通あるんだろうって不思議に思って読んだ瞬間もう絶句。あの時の俺の気持ち分かる? もうね、止まったよね、心臓。一分くらい。まさか好きな人の机に下書きのラブレター置いてきたなんて思わないじゃん? まぁなんで二通持って来てんだって話だけど、初めての告白でテンパってたんだよ俺。で、慌てて取りに戻ってみたら本人に読まれてるし。あの時はさすがに『あ、詰んだ』って思ったわー」
「え? いや……え?」
「次の日はリベンジしようと思って下駄箱に入れたんだ。手紙の内容も確認して入れる場所もちゃんと確認したから今日こそは大丈夫だって。なのに……名前。言われるまで気付かなかったよ。吉田の『吉』を『古』って書いてるなんて……。うっかりどころの話じゃないよな。それで古田さん宛だって勘違いされちゃうし。小学生でもしないようなミスするなんて絶望したよ」
そういえばあの時、山崎くんは「一本足りない」とかなんとかぶつぶつ言ってたような気がする。それって『吉』の字のことだったのか。
「で、今日。三度目の正直は今までの反省を生かして直接渡すことにしたんだ。言われた通り指差し確認もしっかりしたし。今日は絶対に間違わないよ」
えーっと、何? 今の話をまとめると、山崎くんは最初から私にラブレターを渡そうとしてたってこと? 古田さんじゃなくて? それってつまり山崎くんは私のことが……私のことが……ええええええーっ!? その瞬間、私の顔が茹で蛸のように真っ赤に染まった。
「全然カッコつかない間抜けな告白だけど……これ読んだら返事聞かせてくれる?」
私は差し出された封筒を躊躇いがちに受け取った。真っ赤に染まった顔を隠すように、そこに書かれた自分の名前をじっと見つめる。
「ええっと……そうだなぁ……」
顔を上げると、どことなく不安そうな山崎くんと目が合う。その顔を見た私は、悪戯を思い付いた子供のようにニヤリと笑いながら言った。
「この手紙に間違いがなかったら答えてもいいよ」
山崎くんは一瞬目を見開くと「ははっ、やっぱ吉田さんは厳しいや!」と楽しそうに笑った。
二人が手を繋いで下校するまで、あと五分。
とりあえず、イメチェンの必要は当分なさそうである。
了
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