八俣の大蛇 成敗

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八俣の大蛇 成敗

 複数の子を持つ親は、末子には甘く接しがちだ。ましてや、赤子の頃より母の顔も知らずに育つ幼子(おさなご)に対して、周りの大人も寛容だ。  姉や兄がことさら出来がよく、やんちゃな末子が周りの関心を引くために悪戯(いたずら)をしたり、乱暴を働いたりしたとしても、気持ちを察っする大人は厳しく𠮟らない。  このように甘やかされた環境の下、中には手のつけようのない乱暴者が育ったとしても想像に難くない。  須佐之男命(スサノオノミコト)は赤子の頃より母を知らずに成長し、姉と兄は優秀であった。  姉の名は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)。  太陽神だ。  何万年後の日本においてさえ、皇室の祖先として(あが)められている。  兄の名は、月読命(ツクヨミノミコト)。  月神だ。その風情あふれる姿に、男女を問わず恋焦がれる。  素行の宜しくない須佐之男(スサノオ)は、父・伊邪那岐命(イザナギノミコト)の逆鱗に触れることになった。  須佐之男は父から賜った海原を治めようとせず、不貞腐(ふてくされ)たり、泣き叫んでいたりした。    思い通りにならぬ時の振る舞いは、幼少期となんら変わらない。  後の世で、荒ぶる神と恐れらる若き日の須佐之男は、感情によって(おの)ずと放たれる力を、意のままに操れなかった。  怒りや泣き叫びの負の感情の放出は破壊力を伴い、暴風、豪雨、洪水をも引き起こした。  若き須佐之男には補佐役の神がつけられていた。  補佐役からの報告に、父・伊邪那岐は息子の元へ来て問うた。 「なにゆえ、海原を治めずに、泣いてばかりおるのだ」  須佐之男は床についた手をそのままに、泣き腫らした顔を上げて答えた。 「ワレは母上に逢いとうてたまりませぬ。伊邪那命がお暮らしになる地の底の黄泉の国へ行くこと、お許し下され」    須佐之男は、父・伊邪那岐に対する禁句を口にした。  天照大御神、月読命(ツクヨミノミコト)そして須佐之男命の生まれた背景は複雑であった。  生ある伊邪那命が死者の暮らす地の底へ、亡き妻・伊邪那命を迎えに行った。  ところが、化け物に変わり果てた妻や魑魅魍魎に追われ、命からがら逃げ出す羽目になった。  ようやく地上へ逃れた伊邪那は、穢れた我が身を清めるために、池で(みそぎ)を行った。  その(みそぎ)の最中にこの三御子が次々に生まれたのだ。  つまり、この子らは伊邪那の穢れに覆われて、生まれた落ちたということになる。  全ての神々は、伊邪那命が御子らの母親と認識した。  恐ろしい目にあった夫は、元妻の名を耳にする事さえ耐え難かったようだ。  全ての者に箝口令(かんこうれい)を敷いた。 「これ以降、あの化け物の名を口にする事はまかりならぬ。断じて許すまいぞ」  姉の天照大御神も兄の月読命も分別(ふんべつ)をわきまえていて、決して父の前で母の名を口にしたことはなかった。  伊邪那は息子であっても、先の箝口令を破った者を見逃し許すわけにはいかなかった。  勘当(かんどう)を告げて、国から追放した。  身一つで放り出されるはずの須佐之男だったが、十拳剣(とつかのつるぎ)の所持は許された。  十拳剣(とつかのつるぎ)は、上位の神々が持つ神剣の総称であり、力の象徴もである。  父は、息子に(なさ)けをかけたようだ。  十拳剣を一振(ひとふり)のみ携えて、姉の天照大御神が治める高天原でしばらく世話になったのだが、ここも追い出された。  幼き頃は悪戯や乱暴も見過ごされていた須佐之男であったが、身体も大きく成長した末子神を甘やかす者はもはやいない。  八百万(やおよろず)の神々は「許し難し」と彼に灸をすえ、高天原から追放した。  天上の高天の原への立ち入りを、永久に禁じられた。
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