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大国主命の災難
論語の名言にある。
孟武伯、孝を問う。子曰く、
「父母は唯其疾を之れ憂う」
孟武伯から親孝行について問われた孔子は、父母は我が子の病を一番心配するのだから、健康でいることが何よりの親孝行であると答えた。
刺国若比売は、我が子を儲けてからというもの、心配し通しだった。
子は、後の大国主命。
出雲の国神である天之冬衣神との間に授かった子だ。
大国主を産んだ時には、すでに多くの異母兄らがいた。
総称を八十神と言う。
諸悪の根源はこの悪童どもであった。
よちよち歩きであった大国主に足を掛けて転ばす。体をぶつけて、神殿中庭にある池の中に突き落とす。
一度など探検に行こうと連れ出し、山中へ置き去りしたこともあった。
気立てが良いとは我が子のことであろう。
どれほどの仕打ちを受けようと、兄の謝罪の言葉を受け入れては、同じ事を繰り返されていた。
見兼ねた刺国若は、夫の天之冬衣神に何度か訴えたこともあった。
夫は妻の肩を抱き寄せ、さも困ったものだという風に眉根を寄せ、請け合ったものだ。
「仕方のない悪童どもよ。きつく叱りおこうぞ」
悪賢い子供は、親の説教の真意を見抜くものだ。
父神の「末の弟を虐めるでない」の言と表情に、鬼気迫るものを感じなかったのであろう。しばらくすると、小出しにあの手この手で意地悪を再開した。
我が子が成長しても母の心配は止むことがない。我が目の届かなくなったことで、かえって案じるようになっていた。
兄弟とともに因幡の国へ向かった大国主は、首尾よく事を果たせるだろうか。
「大国主は、無事に因幡の国へ着いたであろうか」
刺国若比売の独り言に、側仕えの侍女が応じた。
「もちろんでございますとも。きっと今頃は、あちらの美しい方と仲良く過ごされていることでございましょう」
このような折に、侍女は女主人を慰めてくれた。
この側仕えの侍女の常に前向きな言葉は、不安を和らげる。
刺国若の元に、因幡の国から使者が来た。
急ぎ目通りを請うているとな。
胸騒ぎを感じた刺国若は、早々に目通りを許した。
部屋に連れてこられたのは、白ウサギだった。
背と腹の一部は毛が抜けているようだ。そのせいなのか、貧相に見えた。
たいそう取り乱した様子だ。
因幡の国では、使者にも事欠いておるのかの。ウサギを使いによこすとは・・・・・・。
刺国若が用件を尋ねる間も無く、ウサギは挨拶もなしに叫んだ。
「あいつらが! 八十神が! 大国主命様を!」
刺国若は、不思議そうな表情で白ウサギを見つめたままだった。
ウサギが何を言っているのか、わからなかったのだ。
女主人の様子を目の端で捉えた侍女は、ウサギに言った。
「そなた、もそっとわかるように話せ。何を申しておるのかわからんぞ」
白ウサギは、咳き込みながら事の顛末を語り始めた。
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