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因幡の国の八上比売は、一足先に到着して求愛した八十神に、おっとりと断りを入れた。
八十神らにとっては、予想外のことが起きた。
あろうことか、遅れて到着した大国主命の求愛を、八上が受け入れたのだ。
青天の霹靂である。
「あやつのどこが、我らよりも優れておるのだっ」
「あやつは何か策を講じたに違いあるまい」
「おのれっ。いまいましい。」
怒りの言葉は次第に過激さを増した。
誰からとなく発せられた言葉は
「いっそ亡き者にしてしまえば、八上比売は我らの中から選び直すのではないか」
波紋のごとく広がり、次第に兄弟の心を捉えていく。
一致団結。
八十神らが手抜かりなく準備を整えたのは、現在の鳥取県伯耆町の手間山山中であった。
手間山は、子供が描く山の形をしている。つまり三角形の山だ。標高はさほど高くはないが、鬱蒼と樹木が生い茂っていた。
大国主命は物事にこだわりのない性格であり、他者にたいしても楽観的だった。
己が八上比売と夫婦になれたことで、兄神たちも安堵してるであろうと疑いもしなかった。
父神からあたえられた使命を果たすのは、出雲の若者であれば誰でも良いと理解した。
「これで、我ら兄弟は出雲の父神からの厳命に従うことができた」
大国主命は、喜び勇んでひと足先に出発した八十神らを追っていた。
手間山の麓で追いついた大国主命に、兄は言った。
「この山中で赤い猪を見かけたのだ。たいそう縁起もよく珍しい。捕らえて父神への土産にしようと話し合っておった」
大国主は「それは良い考えでございます。父神はたいそう喜ばれることでしょう」と賛同した。
「我らが猪を追うゆえ、オヌシ一人で捕らえてはどうか。狩りの手柄を、我らからオヌシへの婚礼祝いとしてもよいぞ」
大国主命はたいそう喜んで承知した。
山の上では、数人の八十神が猪に形状の似た石を、焚火の中で真っ赤に熱していた。頃合いを見て、焼けた石の下に杭を押し込み、麓に向かって押しやった。
真っ赤に焼けた石は、勢いを増しながら斜面を転がり落ちていく。
「大国主。赤い猪が向かってくるぞ」
途中途中で待機していた八十神が声を張り上げた。
大国主命は両手を大きく広げた。そして、捕えるために赤い猪と正対するように飛び出しした。
それが猪ではないと気付いたときには、時すでに遅く、正面から焼けた石に抱き着く恰好となった。
大やけどを負った大国主命はその場に置き去りにされた。
転がったまま残された焼石からは、くすぶった煙が立ち昇っていた。
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