大国主命の災難

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 大国主命は二人の女医を見送ると、八十神の姿を求めて、山中を歩きながら、大声で呼びかけた。 「兄神、どちらにいらっしゃいますか。先ほどの赤は、猪ではございませんでした」  謀られたとは、露ほども疑ってはいないようだ。    この声を聞き付けた八十神たちは、驚愕した。  亡き者にしたはずの大国主の声がする。しかも、歩いているではないか。  いったい、怪我はどうなったのだ。助からぬ程の大やけどを負ったはずではないか。    何より、変わりなく自分たちを慕っている様子の大国主命に、空恐ろしさを感じた。    殺めようとしたことを父神に知られてはならぬ。   奴を生かしてはおけぬ。  次なる手段の模索をし始めた。  80人もいれば、悪知恵も泉のごとく湧き出るものだ。    まず、大木を倒して道に倒した。その大木を二つに割いて、片側を上に持ち上げ、その間に仕え棒を入れて閉じないようにした。離れて眺めれば、ワニが横向きに大口を開けているように見えなくもない。    八十神らは、このワニの大口の向こう側に立ち並び、口々に大国主の名を呼んだ。 「無事で何よりぞ。助けを呼びに行くところであった」 「肝を冷やしたぞ」 「さぁ、早く来い。共に帰ろうぞ」  大国主は「かたじけない」と照れ笑いをしながら、走り寄った。  仕掛けの木の間を潜ったその時、仕え棒が外された。  大きな音を立てて、持ち上がっていた一方の木が降りてきた。ワニが大きな口を一瞬で閉じたごとくに。  倒木(とうぼく)の間に挟まれた大国主は息が出来ずに、気を失った。  八十神らは、弟を手にかけた罪悪感よりも、長年の敵を倒したかのような高揚感に浮かれた。  大国主命をそのままに、意気揚々と帰路についた。  高天原に戻る女医を見送った後も、刺国若比売(サシクニワカヒメ)は手間山に残っていた。  万が一の場合に備えて様子を見ていたのだ。    案の定、悪童どもは、またしても我が子を亡き者にしようとした。  刺国若(サシクニワカ)は、木に挟まれたまま気を失っている大国主を助け出した。 「大国主よ、目をお覚ましなさい」  母は我が子の肩を揺すった。  大国主命は目を開けると、狐に包まれたような表情で母を見つめた。  「母神様、このような所でお会いするとは、いかがなされましたか」  大国主命は、状況が全くわかっていない。  幼い頃の大国主にしたように、刺国若は我が子の髪を撫でながら言い聞かせた。 「八十神らはそなたを亡き者にしようとした。いずれ本当に殺されてしまう。出雲の国へは戻らずに木国(きのくに)へ行き、しばらく身を隠すがよい」  大国主は驚いたように母神を見つめ、しばらく考えているようだった。  やがて、意を決したように言った。 「木国(きのくに)へ参ります」  心配性の母親を(なだ)めるのも、孝行(こうこう)である。とばかりに。    いまだ、差し迫っての危機とは捉えていなかった。  
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