40人が本棚に入れています
本棚に追加
「どなたかおられまいか。取次を願いたい」
男の声だった。
整った顔立ちの若い男神だ。
「ワタクシは須佐男命の娘、須勢理毘売命でございます。何用でごさいましょうか」
若い神は、出迎えの女人が須佐男命の娘だと知り、引き締めていた口元を綻ばせ、微笑みかけた。
「このように麗しい御方が、須佐男命の娘御であられるとは。いや、これは失礼な物言いでございますな。お許し召され」
若者は大国主命と名乗った。
男神は涼し気な切れ長の目で須勢理毘売をしばらく見つめると、思い出したように、所持していた白い袋をまさぐった。
中から取り出したのは、緑鮮やかな孔雀石の首飾りだった。
「これを」と言って、差し出した。
「まぁ。とても綺麗な首飾りでございますこと」
須勢理は首飾りを受け取った。
美しい首飾りをうっとり眺めてから、尋ねるように大国主を見上げた。
大国主は問いかけに答えるごとく、頷いた。
須勢理はゆっくりと首飾りを身に着けた。
お付きの侍女は大国主の涼し気な瞳の奥に、戸惑いの色を見た。
人の心の動きに敏感な須勢理ではあったが、視線を下に向けていたので、大国主の表情を見逃してしまった。
大国主はその首飾りを贈り物として差し出したのではなかった。
刺国若比売の息子である証として、須佐之男命へ取り次ぎを願ったつもりであった。
しかし、須勢理に恥をかかせぬよう、あえて何も言わなかった。
八十神との関係における経緯を、大国主は手短に説明して、「須佐之男命の知恵を授かりたい」と用件を告げた。
須勢理は訪問客を接見の間に案内する旨を知らせるため、侍女を須佐之男命元へ遣わした。
岩肌そのままの回廊を、見目麗しい若者と二人きりで歩きながら、須勢理の心には出会いという言葉が浮かんでいた。
華やぐ胸の内を披露するかのように、胸元に下がる孔雀石の緑は篝火を照り返し、輝きを増していた。
後ろを歩く大国主の呼びかける声が、ぼんやりと聞こえた。心ここにあらずで、聞き逃していたようだ。
はっとして振り返った拍子に、大国主命のたくましい胸に、顔を打ちつけた。
抱きかかえるように須勢理の腰に手が回され、転倒を防いだ。
顔と顔が触れ合うほどに近い。
胸の鼓動はますます高鳴った。
須勢理は静かに息を吐き、呼吸を整えた。
接見の間の扉の前から、須佐之男命へ声を掛けた。
「父神様。地上よりいらした大国主命をお連れ致しました」
「入るがよい」
須佐之男命の目通りを許す声が聞こえた。
最初のコメントを投稿しよう!