根の堅州国《かたすくに》

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 遮る物もない、広々とした野であった。  膝辺りまで伸びた雑草が風の向きに合わせて、あちらこちらとそよいでいる。    須佐之男命は、脇に控える大国主をチラチラと盗み見た。    須佐之男命を恐れる多くの者は、顔を伏せているのが常だ。  大国主は顔を伏せるどころか、目が合えば軽い会釈を返してくる。  なかなか度胸のある小僧だ。ワシの血を引くだけのことはある。  面立ちもワシの若き頃に似ておるようだ。  近くで様子を伺っていたネズ()に呟きが、聞こえたなら、「ちっとも、似ちゃいませんよ」と大笑いしたであろう。  須佐之男命は一本の矢を取り出し、もったいぶって高々と掲げた。  矢の中央には、(かぶら)形状の球がついていた。  大国主は初めて目にした様子であり、興味を示した。 「鳴鏑(なりかぶら)の矢だ。射ると恐ろしい音がするぞ」  この矢を放つと、飛ぶ時に球の穴に空気が入り、辺りを引き裂くような「ヒュー」といった大きな音を発する。  須佐之男命は弓に鳴鏑(なりかぶら)の矢をつがえ、十分に引き絞ると、野に放った。  聞き慣れぬ大きな音に、大国主は僅かに首を(すく)めた。    放たれた鳴鏑の矢は、真っすぐに遠くまで飛び、前方の草むらへ落ちた。  感嘆の声を上げる大国主に須佐之男は命じた。 「貴重な矢である。取ってまいれ。さすれば、オヌシも鳴鏑(なりかぶら)の矢を射てもよいぞ」  大国主命は「有難きことでございます」と嬉しそうに頭を下げると、矢を回収するために、小走りで草むらに分け入った。  走りゆく後ろ姿を見届けた須佐之男は、わずかに口端を歪めた。  何のためらいもなく、野に火を放った。
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