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風のあおりを受けて、瞬く間に炎は野原中に広がり、煙とともに辺り一面を覆いつくした。
「さて、小僧は矢を回収できるか」
愉快そうに腰を下ろして、燃え広がる野を見物し始めた須佐之男の後方で、ネズ乃が土中に潜って行った。
酒に口をつけながら見物しているうちに、ウトウトとひと眠りした。
目覚めた須佐之男は、大きく伸びをした。
辺りの火もあらかた収まったようだ。
大国主は未だに戻らず。
須佐之男命は、フンと鼻を鳴らすと「情けないやつめ」と言い捨てた。
「小僧の亡骸は、後で誰ぞに回収させればよかろう」
と、誰に言うでもなく、帰り支度を始めた。
遠くから、須佐之男の名を呼ぶ声が聞こえた。
腰を伸ばして辺りを見回すと、走り寄る大国主が見えた。
右手に高々と鳴鏑の矢を掲げ、振っている。
「お待たせ申し上げました」
その姿は煤けてはいるが、元気そのものだ。
須佐之男命は仰天した。
大国主から鳴鏑の矢を受け取り、「無事であったか」と苦笑いをした。
この生還には、ネズ乃の機転が一役買っていた。
地に潜ったネズ乃は、土中の鼠通路を伝って、大国主の元へ助けに向ったのだ。
逃げ場を失くし右往左往していた大国主を探し当てた。
地表に小さく開いた穴から顔を出したネズ乃は声掛けた。
小さな穴の下は、空洞になっていると教えた。
大国主は迷わずネズ乃の助言に従った。
ちいさな穴を踏み崩して、下に広がる穴に身を潜めた。
大国主の頭上を炎が通り過ぎたのは、間もなくであった。
間一髪、ネズ乃のお陰で難を逃れた。
ネズ乃は洞穴で炎を共にやり過ごす間、須勢理毘売の機転なのだと、大国主命の耳に吹き込み続けた。
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