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野焼きの一件で、須佐之男命は無事に矢を回収した大国主に、関心を示した。
愛娘の婿候補として、考え始めた。
家宝とする神器を大国主に披露した。
生太刀・生弓矢そして天の沼琴は、須佐之男が自慢とする貴重な神器だ。
いずれの品も神々の不思議な力が宿る。
生太刀や生弓矢を使うことは、勝利を約束されることであった。
天の沼琴を奏でれば、神託を授かることができた。
このように大国主に機嫌よく接したかと思うと、虫の居所によっては、無慈悲な振る舞いをする。
愛娘の背に手を回し、抱き寄せる大国主の姿を中庭で目にした。
無性に腹が立った。
大国主に部屋に来るよう、大声で命じた。
須佐之男は自ら頭髪にムカデを仕込み、対処するよう命じた。
頭髪に仕込んだムカデは、須佐之男命こそ咬まないが、須佐之男以外は咬む。
ムカデに咬まれれば、激痛を伴う。
「虱がいるようだ。痒くてたまらん」
わざと虱と言ったのは、無防備に髪に手を入れた大国主が、ムカデに噛まれて慌てふためく姿を期待した。
うつ伏せに寝転んだ須佐之男の横に腰を屈めた大国主命は、何か赤い物を吐き出した。
素手でつまんだムカデを、喰いちぎって殺すとは・・・・・・。
思いも掛けぬ大国主のやり様に、感心した。
あっ晴れだ。ワシの血を受け継ぐだけはある。
須佐之男は満足した。
実際は、大国主は素手でムカデをつまんで、喰いちぎっていたのではない。
須勢理毘売が予測して、あらかじめ大国主に知恵を授けていたのだ。
手渡した小袋の中は、ムカデと似た色をした椋木の実と赤土だった。
大国主命はこれを口に含み噛んでは吐き出しただけだ。
ムカデには触れていない、
そうとは露知らぬ須佐之男命は、その豪快な手段を気に入った。
うつ伏せになったまま眠ってしまった須佐之男命は、大きな音で目が覚めた。
起き上がると大国主の姿がない。
ただならぬ予感がした。
振り返れば、生太刀も生弓矢も天の沼琴も無くなっていた。
大声で侍従を呼び、大国主の居所を尋ねた。
「お二人は根の堅洲国をお出になるところでございます」と、侍従は恐る恐る答えた。
先程の大きな音は、抱えた天の沼琴が扉にぶつかった音だった。
須佐之男命は、飛び起きて身をひるがえし、神殿の外へ駆け出した。
地下道を走る大国主の背に、おぶさる愛娘の姿が目に入った。
須佐之男は舌打ちをすると、怒鳴った。
「生太刀と生弓矢で兄の八十神を追い払え! 我が娘を妻に娶り、大国主として国を治めよ!」
背負われたまま振り向いた愛娘の瞳は、すまなそうだった。
その口元は確かに、「ありがとう。父神様も、お達者でお過ごし下さい」と言っていた。
余談であるが、大国主命はたくさんの別名を持つ。
大穴牟遅神、国作大己貴命、八千矛神、葦原醜男、大物主神、宇都志国玉神、大国魂神、伊和大神、所造天下大神、地津主大己貴神、国作大己貴神、幽世大神、幽冥主宰大神、杵築大神 等。
大国主命の呼び名は、根の堅洲国を脱出する際に、須佐之男命が名付けた。
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