根の堅州国《かたすくに》

8/8
前へ
/71ページ
次へ
 野焼きの一件で、須佐之男命は無事に矢を回収した大国主に、関心を示した。  愛娘の婿候補として、考え始めた。    家宝とする神器を大国主に披露した。    生太刀(いくたち)生弓矢(いくゆみや)そして(あめ)沼琴(ぬごと)は、須佐之男が自慢とする貴重な神器だ。    いずれの品も神々の不思議な力が宿る。    生太刀(いくたち)生弓矢(いくゆみや)を使うことは、勝利を約束されることであった。  (あめ)沼琴(ぬごと)を奏でれば、神託を授かることができた。    このように大国主に機嫌よく接したかと思うと、虫の居所によっては、無慈悲な振る舞いをする。    愛娘の背に手を回し、抱き寄せる大国主の姿を中庭で目にした。  無性に腹が立った。  大国主に部屋に来るよう、大声で命じた。    須佐之男は自ら頭髪にムカデを仕込み、対処するよう命じた。  頭髪に仕込んだムカデは、須佐之男命こそ咬まないが、須佐之男以外は咬む。  ムカデに咬まれれば、激痛を伴う。 「(しらみ)がいるようだ。痒くてたまらん」  わざと虱と言ったのは、無防備に髪に手を入れた大国主が、ムカデに噛まれて慌てふためく姿を期待した。  うつ伏せに寝転んだ須佐之男の横に腰を屈めた大国主命は、何か赤い物を吐き出した。    素手でつまんだムカデを、喰いちぎって殺すとは・・・・・・。  思いも掛けぬ大国主のやり様に、感心した。    あっ晴れだ。ワシの血を受け継ぐだけはある。  須佐之男は満足した。    実際は、大国主は素手でムカデをつまんで、喰いちぎっていたのではない。  須勢理毘売(スセリビメ)が予測して、あらかじめ大国主に知恵を授けていたのだ。  手渡した小袋の中は、ムカデと似た色をした椋木(むくのき)の実と赤土だった。  大国主命はこれを口に含み噛んでは吐き出しただけだ。  ムカデには触れていない、  そうとは露知らぬ須佐之男命は、その豪快な手段を気に入った。  うつ伏せになったまま眠ってしまった須佐之男命は、大きな音で目が覚めた。  起き上がると大国主の姿がない。  ただならぬ予感がした。  振り返れば、生太刀(いくたち)生弓矢(いくゆみや)(あめ)沼琴(ぬごと)も無くなっていた。  大声で侍従を呼び、大国主の居所を尋ねた。 「お二人は根の堅洲国をお出になるところでございます」と、侍従は恐る恐る答えた。  先程の大きな音は、抱えた(あめ)沼琴(ぬごと)が扉にぶつかった音だった。    須佐之男命は、飛び起きて身をひるがえし、神殿の外へ駆け出した。  地下道を走る大国主の背に、おぶさる愛娘の姿が目に入った。    須佐之男は舌打ちをすると、怒鳴った。 「生太刀(いくたち)生弓矢(いくゆみや)で兄の八十神(やそがみ)を追い払え! 我が娘を妻に娶り、大国主として国を治めよ!」  背負われたまま振り向いた愛娘の瞳は、すまなそうだった。  その口元は確かに、「ありがとう。父神様も、お達者でお過ごし下さい」と言っていた。  余談であるが、大国主命はたくさんの別名を持つ。 大穴牟遅神、国作大己貴命、八千矛神、葦原醜男、大物主神、宇都志国玉神、大国魂神、伊和大神、所造天下大神、地津主大己貴神、国作大己貴神、幽世大神、幽冥主宰大神、杵築大神 等。  大国主命の呼び名は、根の堅洲国を脱出する際に、須佐之男命が名付けた。  
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加