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八上比売は結ばれた夜を、何度も思い出していた。
大国主の甘い囁きや、胸の温もり・・・・・・。
出雲の国で始まる夫婦の生活を夢見て、幸せな気分で迎えを待っていた。
大国主を送ったウサ吉が、憔悴しきった顔で戻ってきた。
八十神らが大国主命を卑劣な手段で殺してしまったという。
大国主命へ捕獲するよう持ち掛けた赤い猪の代わりに、真っ赤に熱した猪型の石を受け止めさせ、大やけどを負わせたのだ。
ウサ吉が最後に見た大国主命は、地に倒れ、ピクリとも動かない姿であった。
ウサ吉は出雲まで走り、大国主命の母神である刺国若比売に助けを求めた。
直ちに助けに向かった刺国若比売は、やがて出雲へ戻ったが「心配いらぬ」とだけウサ吉に伝え、その後の目通りは許されなかった。
結局、大国主の行方は分からず仕舞いであると、ウサ吉はうなだれた。
八上は心痛のあまり、床に臥せった。
「兄弟を退けて、大国主命を選んだワタクシが軽率でした」と己を責め、
「ご無事でしょうか」と、涙にくれる日々を過ごした。
長きに渡る憔悴について、八上比売の屋敷から知らせを受けた父は、医神を遣わした。
丁寧に診察した医神は、八上の手に軽く触れて、安心させるように言った。
「ご懐妊でございます。お祝い申し上げます」
言葉の意味をすぐには理解できなかった。
どうやら、この長引く不調は子を宿したことも原因であったらしい。
側に控えていた侍女は、八上の枕元まで膝行すると
「赤さんの為にも、お元気になられないと」と涙を流した。
八上は赤子のために気を取り直し、徐々に体調も回復していった。
腹の膨らみも増した頃、ウサ吉が大国主の行方を探しに出した。
「ヒメ様、ご無事でしたよ! 大国主命は出雲の国へお戻りでやした」
大国主の消息がわかり、屋敷内は喜びに沸いた。
「早くお会いしたい」八上の甘い呟きに、ウサ吉は胸を叩かんばかりに請け負った。
「出雲まで行かれるんでしたら、アッシが御供いたしやしょう」
憂いを帯びた瞳をゆっくりとウサ吉に向けた時には、八上の心は決まっていた。
夫に会いに、出雲の国へ参りましょう。
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