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旅の途中で、沼河比売 は再び子を宿した。
宮殿で男児を出産した。
ほどなく三番目の子を宿し、女児を出産した。
目まぐるしく繰り返すお産により、高志国へ戻りそびれている。
沼河の唯一の気掛かりだった。
大国主命に国の様子を、しばしば尋ねた。
「国元は何ら変わりないので、心配無用」と、同じ答えが返ってきた。
出雲の宮殿では、正妻の須勢理毘売命の世話になった。
正妻は常に凛とした佇まいで、美しく上品な女神だった。
気の毒なことに、大国主命の御子は授かっていなかった。
須勢理毘売は、折に触れて、沼河の部屋を訪れては、やんちゃな男児に異国の珍しい菓子を与えたり、膝の上に乗せて話しかけたりした。
このやんちゃ兄弟のうち、兄御子・建御名方神は、後に諏訪大社の御祭神となる。
側室と正妻との仲は、御子を挟んで良好だった。
赤子の世話をする母に構ってもらえず、暇を持て余した男御子兄弟は、須勢理毘売に遊んで欲しいとせがんだ。
須勢理は優しく微笑んで、兄弟御子を連れて居室を出た。
中庭へでも行ったのだろう。
ぐずっていた赤子がようやく眠たので、そっと赤子用のカゴに寝かせ、沼河も子らの後を追った。
正妻の可愛がる雌鼠のネズ乃とすれ違った。
「御子らは中庭か?」
ネズ乃は沼河の問い掛けに答えないどころか、小さく舌打ちをした。
なんと無礼な鼠であろう。
睨みつけた沼河を見上げて、ネズ乃は大きくため息をついた。
「情けないこと、この上ないねぇ。色男に惚れて、国を売っちまったのかい」
見下したような口の利き方に、腹が立った。
無礼な鼠に折檻しようと、手をふりあげたところで、息が止まってしまった。
ネズ乃の嫌味にピンときた。
沼河の心の奥底に沈めていた嫌な予感が、浮き上がってきた。
もはや抑え込むことは、出来ない。
ワタクシが国を売った?
我が国、高志国はどうなっているのだろうか。
大国主命の言葉を鵜呑みにしてよいのか。
大国主命はここのところ、長らくの遠征で不在だった。
くるりと身をひるがえし、自室に戻った。
いますぐ、高志国へ戻るべきだと、六感が告げていた。
須勢理毘売に文を残し、三御子の世話を頼んだ。
取る物も取り敢えず、高志国へ急ぎ旅立った。
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