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ようやく高志国へたどり着いた。
沼河比売に仕えていた全ての重臣が、役職を解任されていた。
代わりに、翡翠に関する鉱脈管理、加工や取引を仕切っていたのは、出雲から派遣された大国主命の配下だった。
三御子を授かったのだ。
大国主の愛が偽りだったとは、言うまい。
しかし、愛と政は別の次元だ。
大国主命は、軍事に訴えずに平和的な併合を好む。
破壊や殺戮を避けて、民の安寧を第一に考えると、侵略された側からも評判が良い。
夫にとって、高志国統治者であるワタクシとの婚姻は、平和的併合の手段だったようだ。
ワタクシは受け入れた。
気付かなかったの言い訳など、誰も信じない。
色男に惚れて、国を売った女統治者。
高志国の民も、そのようにワタクシを詰るのだろうか。
沼河は途方に暮れた。
これまで国の運営に尽力してくれた臣下に、合わせる顔が無い。
全てが手遅れだ。
もはやワタクシを必要とする者も、居場所も高志国にはない。
出雲へ戻り、全てを大国主に委ねようか。
無理だ。
己の愚かさに一生を向き合うなんて出来ない。
呆然としたまま沼河比売は、近くを流れる姫川を上流に向かって歩いていた。
流水が緩く深みのある淵で足を止めた。
どのくらい、そこに立っていたのだろう。
出雲を発つ際に、身につけた胸元の白色翡翠の勾玉首飾りを外した。
かつては、高志国の誰もが憧れた、白色翡翠の首飾りだ。
沼河比売は大きく手を振り上げて、水に投げ入れた。
水面に波紋を起こして、白色翡翠が沈んでいく。
空に向かって顔をあげた。
目を閉じて呟いた。
「ワタクシの御子たち」
ほどなく同じ水面に起きた大きな波紋は、沼河比売の身が作った波紋であった。
故郷にて、沼河比売命は黄泉の国へ旅立った。
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