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多紀理毘売命《タキリビメノミコト》
多紀理毘売命には、数秒遅れで生まれた二人の妹がいる。
二人の妹の名は、市寸島比売命と多岐都比売命だ。
この三姉妹が、後の宗像三女神である。
三姉妹は、須佐之男命を父として、高天原に生を受けた。
しかし、彼女らの記憶の中に、父の姿はなかった。
高天原での粗暴な振る舞いを咎められた父が、八百万の神に追放を宣告されたのは、三姉妹の物心が付く以前のことであった。
追放後の父について、大まかなことは耳にしていた。
地上で、一体に八つの頭と八の尾を持つ巨大で狂暴な八俣の大蛇と戦い、勝利したと一報が入った際は、八百万の神々も「あの暴れ者もやりおるの」と嬉しそうだった。
良き伴侶との静かな暮らしを捨て、地の底にある根の堅洲国へ移り住んだと知った際は、八百万の神々は「いくつになっても母親が恋しいとはの」と、苦笑いしていた。
高天原に残された幼い三姉妹は、須佐之男命の姉・天照大御神が、親代わりとなって育てた。
三姉妹も伯母にあたる天照大御神を、母神様と呼び慕った。
母神様は高天原の統治者として多忙であった。
常に愛情を掛けてもらえたかと問われれば、言葉を濁すしかないようだ。
姉妹は寂しさを、互いに慰め合い励まし合って成長した。
高天原に暮らす八百万の神々によれば、彼女らの子供時代の印象は薄かった。
三姉妹は聞き分けがよく、手が掛からなかったからだ。
母神様であり、高天原の統治者である天照大御神に見放されぬよう、幼いながらも良い子であろうと努力した。
天照大御神は、賢く美しく成長した三姉妹に、今後の身の振り方について告げた。
「多紀理毘売、市寸島比売、多岐都比売。時が来たならば、守り神として海原へ行ってもらう。その心づもりで精進いたせ」
その昔、伊邪那岐命は三人の御子に国を治めさせた。
天照大御神には高天原を、月読命には夜の食国を、そして、須佐之男命には海原を。
しかし、須佐之男命は亡き母を恋い慕うあまり、割り当てられた海原を治めずに悲嘆にくれてばかりだった。
これも、伊邪那岐命に勘当された要因の一つであった。
須佐之男命の支配放棄以降、海原においては、統治者及び守護神は不在となっていた。
天照大御神は、三姉妹に海原を守らせようと考えた。
天照大御神の期待に添えるよう、姉妹は必至に学んだ。
何より、母神様に認めて欲しかったのだ。
将来の役目に関する知恵を出し合い、方法を探った。
姉妹は、机上論のみならず、現地に赴むく必要性を感じ始めた。
地上では、高天原の神々と姿は同じでも、神力を持たぬ者が増えていると伝え聞いた。
その者たちを守る術も、別途検討せねばならぬだろう。
生まれ育った高天原を降り、地上に居を移すことを、天照大御神に打診すると、すんなりと許しを得ることができた。
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