多紀理毘売命《タキリビメノミコト》

4/5
前へ
/71ページ
次へ
 多紀理毘売命(タキリビメノミコト)は大国主命の子を宿した。  月満ちて、男御子を産んだ。  我が子がこれほど愛しいとは、思いもよらなかった。  どれほど眺めていても、見飽きるということがない。  母になった多紀理(タキリ)だけでなく、妹たちも赤子に夢中だった。    市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)多岐都比売命(タキツヒメノミコト)にとって、初めての甥っ子だ。  修練が終わると急いで家に戻り、赤子を愛しそうに見つめ、妙な表情を作ってあやした。    赤子は不思議そうに、顔をじっと見つめるだけだったので、耐え切れずに吹き出してしまうのは、寄り目にしたり口を尖らせたりする叔母の方だった。    大国主命が宗像(むなかた)へ妻と子を迎えに来た。  御子は夫の神殿で暮らすと決められていた。  大国主命は以前にも増して見目麗しく、御子を抱く姿は、さながら絵画のようだ。  多紀理は夫と御子との暮らしに胸が膨らむ一方で、妹たちの寂しげな表情を見ると、いたたまれない気持ちになった。  妹らは「最後にもう一度」と、繰り返し赤子を抱き、頬ずりしている。  やっとの思いで、別れを告げた。 「ワタクシはすぐに宗像へ戻ります。それまで海原の守護神になるべく、研鑽を重ねてください」  大国主命も「出雲へ遊びにおいでなさい」と、涙ぐむ妹を慰めた。  
/71ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加