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須勢理毘売命は、自身の居室にいた。
中庭へ面した濡れ縁。そこに置かれた籐椅子に座り、池を眺めていた。
大国主命が須勢理のために、根の堅洲国の地底湖を模して造設した池だ。
池の周囲には鍾乳洞を真似て大小の円錐型に近い岩が配置されている。その岩の表面には、水滴が輝くように見せる為、小さな水晶が埋められていた。
地の底では、弱々しい一筋の光が岩を伝わる雫を輝かせていて、とても幻想的だった。
ここでは、太陽の光が水晶を輝かせるので、少々眩しい。
ネズ乃の入室に気付いた須勢理は、ぼんやりしていた様を誤魔化すように言った。
「根の堅洲国の地底湖に見立てるには、明るすぎるのね」
ネズ乃は、前置きもなく本題に入った。
「大国主命とは、仲良くやってるのかい? つまり、床は共にしてるのかってことだけど」
以前のように茶目っ気のある笑みを浮かべて、須勢理は小首を傾げた。
「ネズ乃は、いったい何を調べているのかしら」
出雲の宮殿では、ネズ乃にだけ見せる、おどけた表情である。
だが、ネズ乃の真剣な様子を見て取ると、次第に表情を曇らせた。
「そうね。あまりお越しにならないわ。お忙しいのでしょう」
常に凛とした振る舞いで正妻の勤めを果たす須勢理であるが、ネズ乃の前では、ため息をつく。
須勢理の告白に、ネズ乃は憂鬱になった。
大国主命の耳にも、正妻によるいびり出しの噂が耳に入っているのだ。
嫉妬深い妻と、男は距離を置きたくなるものだ。
「夫を自分の元に引き寄せるおまじないがあるよ」
ネズ乃はまじないを創作した。
相手を想う歌を詠むように勧めたのだ。
その歌は官能的であればあるほど良いと、念を押した。
「決して、恥ずかしがってはいけないよ」
「官能的ですって? ネズ乃は相変わらず面白いことを言う」と、須勢理は久しぶりに笑った。
笑いすぎて目尻に滲んだ涙を、指でそっと拭った。
ネズ乃の譲らぬ説得が功を奏したのと、イタズラ心が相まって、須勢理は筆を執った。
須勢理が書いた恋文を覗いたネズ乃は、呆れたように首を横に振った。
「これのどこが官能的なのさ。おまじないの効果は期待できないねぇ」
困った表情をネズ乃に向けて、須勢理は教えを請うた。
ネズ乃は、言う通りに書くように告げると、うっとりしたように目を閉じて、ゆっくりと詠った。
「柔らかな絹の床の中で、淡雪のようなワタクシの胸を・・・」
須勢理は筆を止めて呆れた表情を作り、まじまじとネズ乃を見た。
ネズ乃は、「まじないだから」とそのまま書くことを促した。
効果のほどは期待していない須勢理毘だが、ネズ乃と笑いの時間を共有できたことに、気持ちが救われたようだ。
言われるままに、寝台横の飾り棚の引き出しに、清書した歌を入れた。
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