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潮が激しくぶつかり合い、時に暴れ海と恐れられる玄界灘を望む宗像の地で、海原の調査・考察・分析、有効なまじないの習得に勤しむ三姉妹は、当時よりも美しさに磨きが掛かっていた。
愛らしさだけでなく、聡明さが加わり、才気あふれる女性へと成長した三姉妹は、旧知の勉学仲間を心から歓迎してくれた。
少名毘古那は彼女らの成長ぶりに、自分も負けまいと奮い立った。
地上の葦原中国を、ワレが潤わせてみせる。
長女の多紀理毘売命の口数が少なくなったことが、気になった。
大国主の元に男御子と女御子を残して宗像に戻った。と打ち明けた。
つらい思いをしたのだろう。
大国主命について尋ねると、目を伏せてしまった。
一夜限りの短い滞在だったが、訪ねてよかった。
楽しい語らいに、当時のように心が弾んだ。
翌朝の出発に際して、宗像から出雲への移動は、海原を渡るよう薦められた。
長女の多紀理は、「天候の安定を請け合いましょう」と、微笑んだ。
末の妹・多岐都は、「目を閉じていても、お着きになりましょう」と大きく頷いて、潮の流れを操ることを請け合った。
次女の市寸島は、旅支度を整えてくれたのだが、用意された衣も舟も異様であった。
「このような衣を見るのは、初めてなのだが。いったい・・・」
材質を聞くのは恐ろしかった。
市寸島は、得意気に答えた。
「蛾の皮を繋ぎ合わせた、貴重な衣です。舟は長細い羅摩(ガガイモ)の実の莢で造ってあります」
蛾の皮?
思わず身を竦めた少名毘古那に、市寸島は可愛らしく小首を傾げてくすりと笑った。
「詳しいことはお伝えできませぬが、まじないをかけた衣と舟です。御身をお守り致します」
せっかくの好意だ。少々気味は悪いが、蛾の皮の衣を纏った。
三姉妹それぞれに別れを告げて、長細い羅摩の実の莢の舟に乗り込み、出雲へ向かって漕ぎだした。
振り返ると、長女の多紀理は、瞳を閉じて、手のひらを上に向けたまま両腕を海に向かって広げていた。
末の妹・多岐都は、両腕を水平に広げたり、前に押し出すように突き出したりの仕草を繰り返していた。
次女の市寸島は、合掌した手を高く上げ、何かの呪文を唱えていた。
航路の安全確保に秘技で送り出す美しい三姉妹に、少名毘古那は大きく手を振った。
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