八俣の大蛇 成敗

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 天上界を追われ、地上に降り立った須佐之男命(スサノオノミコト)は、途方に暮れていた。  行くあてもなく、足を投げ出して座りこんだのは、 出雲地方の斐伊川(ひいがわ)の川岸だった。  放心状態で見るともなく川の流れに目を向けていると、流れゆく妙な浮遊物に気付いた。  片膝を立てて、身を乗り出した。  箸。  川上から川下へ流れゆくのは紛れもなく箸だった。 「住まう者がいるのか」  このまま、川辺に(とど)まっていては日も暮れる。 「誰ぞの屋敷があるのなら、世話になるとしよう」  須佐之男は独りごちると、十拳剣(とつかのつるぎ)を掴んで立ち上がり、川上へ歩き出した。  ほどなく、一軒の屋敷が見えた。    広さのある母屋と掃き清められた庭。  庭の隅には納屋があり、納屋の屋根を覆うように枝を伸ばした一本の木。  その木の実をついばもうと狙っている鳥の姿も見えた。  屋敷の敷地を囲んで垣根が張り巡らされていた。  一夜の宿を借りるべく、須佐之男命は(おと)ないを入れた。  気配はするが、返事はない。  須佐之男命は、断りもなく屋敷内に足を踏み入れた。  南側の奥に位置する部屋から、すすり泣く声が聞こえた。  その部屋では、若い娘とその親であろう老夫婦が身を寄せ合っていた。  まだ陽があると言うに、床には一組の夜具が敷かれたままだ。  臥せっていた者がいるのだろう。  細工された壁の窪みには、竹節が置かれていたが、花は生けられていなかった。 「世話になるぞ」  おもむろに発した須佐之男の声に、老夫婦と娘は仰天して振り向くと、目を見張った。 「どなた様であられるか」  気丈にも、老父が問うた。 「天から降り立った神、須佐之男命(スサノオノミコト)である」  降り立つに至った経緯など伝える必要はないのだから、名乗りに嘘はない。  家族は互いに顔を見合わせると、柏手(かしわで)を二度打って、深々と頭を下げた。  須佐之男に向けられた眼差しには、畏敬(いけい)とともに安堵が読み取れた。  老父は足名椎(アシナヅチ)、老母は手名椎(テナヅチ)そして娘は櫛名田比売(クシナダヒメ)と、名乗った。  老夫婦と娘は胸の前で手を合わせたり(ぬか)ずいたりした。口々に須佐之男命へ歓迎の言葉を述べた。 「恐れ多いことでございます」 「有難いことでございます」  一家は明らかに(あま)つ神の来訪を喜んでいた。  高天原の神は、天つ神。地上の神は、(くに)つ神と呼び分ける。  天に向かって助けを祈っていたところに、まさに、天から神が降り立ったのと感激していた。  天上界では厄介者扱いされていたワシを、これほど喜んで迎えてくれるとは・・・・・・。。  悪い気はしない。いや、嬉しい。  願いの内容を聞きもせずに、須佐之男は「任せよ」と(うなず)いた。
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