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王太子殿下 1
「アリサ、こんにちは」
「王太子殿下、ご挨拶申し上げます」
着古したスカートの裾をわずかに上げ、挨拶する。
王太子殿下は、控えめに表現しても美しすぎる。背が高くてスタイルも抜群。容姿だけでなく、やさしくて気遣いも人一倍あり、明るくほがらか。けっして人のことを悪く言ったり非難したりもしない。
文武共に優秀でもある。まさしく、この国の太陽のようなお方。
貴族令嬢たちの憧れの的であることは言うまでもない。
が、これまで何百人もの婚約者候補があがったにもかかわらず、だれ一人として婚約者に決まったことはない。
噂では、想い人がいるのだとか。
そんな王太子殿下とは、子どものころからの読書仲間である。仲間、というよりかはこの図書館でたまに鉢合わせし、本のことを話したり隣り合わせで本を読んだり、という程度なのだけれど。
わたしが司書になり、この図書館で働けるようになったのも、王太子殿下の口添えがあったからである。
「アリサ、何かあったのかい?」
いつものように顔をわずかに伏せたまま書庫へと続く階段を降り始めたとき、王太子殿下が尋ねてきた。
「い、いえ、何もございません」
「気のせいかな?元気がなさそうだ」
「いつものように元気ですよ。殿下、どうぞ」
王太子殿下の気遣いには感心してしまう。わたしのちょっとした口調や態度から、変化を読み取ってしまうのである。
「ちゃんと準備をしております。申し訳ございません。本来なら上階の執務室でゆっくりご覧になっていただきたいのですが……」
書庫の本は持ち出し厳禁である。一冊しか存在しない貴重な本、ぼろぼろになっていたりする本、手に持っただけで傷んでしまう本、理由は様々。本を護るため、この規則だけは守ってもらわねばならない。
たとえ国王陛下や王太子殿下であってもである。
「承知しているよ。こうして見せてもらえるだけでありがたい」
「ありがとうございます。こちらの机に準備しています。わたしは上階にいますので、ごゆっくり閲覧なさってください」
書庫に設置しているいくつかある机の上に、ご要望の資料を置いている。王太子殿下をそちらへと導いた。
「アリサ」
一礼して去ろうとした瞬間に呼びとめられてしまった。
「その……。仕事、たくさんあるのかな?」
「二、三ございますが、どれも急ぎではございません。何かご要望がございましたら、すぐにいたしますが」
「だったら、いっしょにいてくれないかな?」
「はい?」
「あ、いや、その……。書庫は、どうも怖くてね。一人っきりだと不安になってしまう」
そうだった。王太子殿下は、書庫にこもるときはときおりそう言ってわたしに一緒にいるよう、頼まれるのである。
ここに幽霊や魔物の類が出るという噂はきいたことはないけれど、たしかに一人きりだと寂しいかもしれない。
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