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舞踏会 1
その日から憂鬱な日々をすごした。
舞踏会、なくならないかしら。
どれだけそう願ったことか。
もちろん、その願いがかなえられることはなかった。
しかも、叔父夫婦も出席するという。
公の場で婚約を破棄されれば、叔父夫婦も恥をかくことになる。
やはり、嫌味だけではすみそうにない。
ますます憂鬱になる。
そして、無情にもその日がやってきた。
子どものころにはティーカネン侯爵家の屋敷に遊びにいったものだけど、顔に火傷の跡ができてからは一度も訪れたことがなかった。
ティーカネン侯爵家のメイドたちは、総出でわたしを舞踏会に出席できるだけの容姿にしてくれた。
火傷の跡も、拒否するわたしにお構いなしに白粉を塗りたくってくれた。
なにより、薄いピンク色のドレスが素敵である。派手すぎず、どちらかといえば清楚な感じがする。
メイド長は「ソフィア様のおさがり」と言っていたけれど、彼女は薄いピンク色は好みじゃないし、派手ではないデザインはもっと好みじゃない。
薄いピンク色は、わたしがもっとも好きな色である。
ティーカネン侯爵家自慢の荘厳な玄関ホールで、ソフィアと会った。
「これであなたもすこしは見られるようになったわね。今夜は、わたしの引き立て役になってもらうんだから、それなりの容姿じゃなきゃ。さあ、行くわよ」
彼女のあまりの美しさと勢いに、わたしは何も言えないでいる。
子どものころと同じように。
ティーカネン侯爵家の四頭立ての立派な馬車に乗り込み、王宮へと向かった。
今夜ばかりは、王宮に行きたくない。
涙が出てきそうなほど、嫌で嫌でたまらない。
いっそ図書館に逃げ込みたい。
わたしの城ですごしたい。
立派な馬車から降りると、ソフィアがひきとめるのを無視して宮殿に駆け込んだ。
彼女と並んであるくのなんてまっぴら。余計にみじめになってしまう。
宮殿内にある大広間へと向かう多くの人たちの間に紛れ、出来るだけ目立たないようにする。
人の流れにのり、大広間にいたった。専属の楽団が美しい曲を奏でる中、すでに多くの人々が優雅に踊っている。
踊るつもりなどまったくない。相手もいないことですし。
さっさとテラス席へと続く、ガラス扉のほうへ向かった。
ビロードのカーテンに隠れるようにして立ってみた。
ここなら目立たない。
多くのカップルが曲に合わせて踊っている。そのきらびやかな様子は、やはり気おくれしてしまう。
それでなくとも来たことを後悔しているのに、さらに後悔してしまう。
そのとき、曲のしらべがかわった。
国王陛下がお越しになったのだろう。
大広間にいる貴族たちのざわめきと曲とが混じり合う。
着席されたのだろうか。ここから見えるわけもないけれど、曲の調べがまたかわり、踊りが再開された。
王太子殿下はどうされているのだろうか。
ふとかんがえてしまう。
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