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翌朝、学校へ行くと何か騒がしい。野次馬をしていた他の生徒に話を聞いてみると、とある生徒が二人死んでいたという。屋上から飛び降り自殺したとか、心中しただとか、いろんな噂が飛び交っている。 結局のところ誰がどんな死に方をしようが自分たちには関係はないのだ。生徒が死んだ、その事実は時間と共に勝手に過ぎ去っていく。 その後学校は臨時休校になった。それも明日には通常に戻るんだろうな。一人の時間は止まっても俺ら……すべての時間は止まらない。それも個々の捉え方次第。他人がとやかく言うものもはないのだから。 さて今日一日の予定が無くなった。参考書でも探しに行ってみるか、そうぼんやりと思いながら歩き出そうとした矢先、数人の見覚えのある奴らが俺を取り囲んできた。俺はバレないようにとため息をついた、つもりだったがどうやらしっかりと聞こえてたらしい。すごい勢いで胸ぐらを掴まれ怒鳴られた。わざわざ顔近付けてまで大声出さなくったって聞こえてるっつうの。 なんでも俺が今日死んでた二人を殺したと言う、何の根拠があってこんな事を言ってるのだろうか。俺の頭はあの日から常に冷め切っている。何も言い返さない俺にしびれを切らせたのかいきなり殴ってきた。ああ痛ぇ。 その後はやりたい放題だった。おかげで体中ボロボロ、また面倒なことになる。書店は諦めて一旦家に帰ろう。 家に帰ればいつかの刑事たちがいた。俺は気にせずそっけなく言葉をかけると、また事情聴取に来たらしい。警察としては今日死んでいた二人の話を聞きたいだけなんだろうけど、この目の前にいる刑事だけは明らかに俺を疑っていた。証拠でもあればすぐにでも俺を捕まえるだろうな。だけど俺にはわざわざ奴らを殺す動機がない。まあ俺は殺ってないから証拠なんてあるわけないけど。そうは言ってもこの刑事は信じないだろうから昨日の俺の一連の行動を話した。 ご苦労様でーす、そう言って刑事たちを見送った。すっかりと忘れていた体の汚れ、あの刑事にも言われたが派手に転んだと無理やり納得させた。それにしても最近多いよな、今まではこんなに頻繁じゃなかった気がするけど……そういえば妹が意識不明になってからだろうか、急に身近に迫ってきたようだった。もしかしたら数十分前に俺を殴った奴らも近いうち何かしらの事が起こるかも知れない。なんて根拠もないことを思ってみるが、それも考えるだけ無駄なことだろうとすぐに考えるのをやめた。 誰もいない家、昨日の事もあるから弟のことが心配だ。学校のやつらにまた何か言われてないだろうか、手を上げられていないかなど風呂に入り傷口の手当をして昼飯にカップラーメンを食べながらこの後のことを考える。やっぱり参考書見に行くか。 とりあえず参考になりそうな本は買えた。それにしても種類が多すぎるよな、あ、そうかどれが合うのか分からないからこんなにも多いのか、探すの大変だなおい。と、くだらない事考えながら歩いてるとポケットに入れてた携帯が鳴った。つい最近新しく登録された番号からだった。出てみると弟が通っている学校の担任がどこか焦ったような声で告げた。”弟がいなくなった”と。 いてもたってもいられなくて柄にもなく取り乱してしまった。小学生が下校するにはまだ早い時間帯。担任曰くカバンも無かったらしい。となると誰かに連れ去られたわけでもなさそうだ。俺は一ヶ所だけ思い当たる場所が頭に浮かんだ。もっと冷静に考えれば良かったんだ、昨日の事があって学校が、クラスメイトの事が嫌になても仕方なかったんじゃないのかと。早く行ってやらねば、今は”俺しかいない”んだから。 弟がいるであろう近所の公園へと向かえば、数人の俺と同い年くらいの男達に囲まれている男の子がいた。 どんな現場だよ、ってはじめは思った。でもよく見ればどちらも見覚えのある後ろ姿で、いろいろ考える前に足が動き出していた。男たちの壁の隙間をこじ開けて蹲っていた男の子を抱きしめた。数時間前の俺みたいに泥だらけになっていた男の子、俺の弟だ。囲んでた奴らも俺に絡んできた奴らだった。関係のない弟にまで手を出したのかこいつら。 いまだ腕の中で震えている弟の頭を優しく撫でながらも視線は俺の登場に驚いてる奴らへ、途端に顔を青くさせ怯えたような表情をさせた奴ら。今の俺は一体どんな表情で奴らを見ているのだろうか。表情筋はあれから機能を忘れ、胸中はとてつもなく冷え切っていた。怯みつつも威勢良く声を張り上げたが、俺はその声を無視して弟の方に視線を戻し弟だけに聞こえる音量で呟いた。 無視されていい加減腹がったのか、奴らが動き出した。弟の頭を胸に押し付け覆い被さるように抱きしめた。すると何かを弾いたような音がその場に響いた。 なんだ、と思いながら振り返ると、そこにさっきまでの人影はなく俺たちを中心に水を撒いた時のように真っ赤な血だけが広がっていた。とても不思議な光景だった。俺たち以外は”何にもない”、服も靴もその他持ち物全て……そこには初めから人などおらず、真っ赤な水を撒いただけ……それだけで納得できてしまいそうな、そんな状況だった。 こんなのは初めてだ。母親は少し醜い死に方をしたが、他はごく一般的と言われるような死に方がほとんどだ。異常としか言いようのない今回のあいつらの死に方。 俺は弟をそのまま抱き抱え、広がった血を見せないよう急いでその場から離れた。その時の俺は失くしていた感情を思い出していた。 今までは誰がどんな死に方をしようと、自身の母親があんな醜く死んでいた時でさえ俺は冷静でいられた、むしろ冷静すぎるくらいだったと思う。だけどさっきのは明らかに今までのとは違う。いやたぶん今までのも今回と同じなんだ。いつも俺がいない時に、見ていない時に身近な者が死ぬ。そんな状況なら誰だって自分は関係ないと思うだろう。それが普通だろう。でも”死ねばいい”と思った時、そう簡単にタイミングよく人が死ぬだろうか。否、一人ぐらいは”偶然”という言葉で片付けられるだろう。だけど俺の場合それが何度も続いた。こればもう”偶然”では済まされないだろう。 俺は一体何者なんだ。俺は人間だ、人間であるはずなんだ。でも人の死を願っただけで人が死ぬなんて人のなせるものではない。では何だというのだ、俺は悪魔や死神にでもなったというのだろうか。そんな事考えて思わず乾いた笑みが溢れた。その声に腕の中にいた弟が俺を見上げていたことは知る由もなかった。
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