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公園から家まではさほど離れた距離ではないが、動揺していた所為か何十分も走っていたような感覚がした。 弟を玄関に下ろし上がった息を整えていると、俺の頭を撫でる小さな手。俯いていた顔を少しだけ上げてるとどこか不安そうな、でも少し無理矢理笑顔を作りながらよしよしと撫でる弟。そんな顔を見た途端、俺はまた弟を抱きしめた。 最悪の憶測への恐怖と、この小さな存在への恐怖に抱きしめる腕に力が入る。枯れて……もう忘れたと思っていた涙が視界を歪め、弟の後頭部を濡らす。 どのくらいの時間泣き続けていたのか。溢れていた涙は少しずつ量を減らし、乾く。俺が落ち着いてきたのが分かったのかお兄ぃ、と呼ばれた。弟を見ると満面の笑みを浮かべた。 痛いの痛いの、飛んだ? 子供らしい聞き方に思わず笑みが溢れた。そういえば自分の表情が変わっていると実感出来たのはいつぶりだろうか。しかししばらく動かさなかった表情筋は既に悲鳴をあげ震えていた。すぐに表情を消した俺の顔。すると弟は両手を伸ばし俺の両頬に手を添えた。次の瞬間頬をほぐすようにして揉み始めた。直ぐに戻ってしまった俺の表情に不満を持ったようだ。しきりに笑って、笑ってとつぶやきながら一生懸命に俺の頬を揉んでくれた。しばらくは弟の好きなようにさせてやり、だいぶ揉みほぐされたあと徐ろに手を離し笑って、と言い出したので、もう一度笑みを作ってやると弟の顔にも笑みが溢れ出した。 それから興奮冷めやらぬ弟を落ち着かせ、いつまでも玄関にいるわけにはいかずリビングにへ移動した。少しだけ重くなった体をソファーに沈めると、弟は跨るようにして膝に座った。ちょっと重いなと思ったが弟ならば我慢できる。弟の無邪気な笑顔、俺に残された最後の太陽。一度は雲に隠れてしまった時もあるが今は前のような笑顔に戻っている。 弟は先ほどの続きと言わんばかりに俺の両頬をその小さな手のひらで挟んだ。ニィーと声に出しながら俺の広角を無理矢理押し上げた。痛いと告げたが言葉はちゃんとした言葉にならず弟の両腕を掴み離した後、すぐさま弟の脇腹をくすぐった。そこが弱い弟は声を大にして笑い、危うく膝の上から落ちそうになったので慌てて自分の方に引き寄せた。俺は胸に小さな衝撃を受けたが、弟は顔を上げ自分の額を摩っていた。数秒見つめ合った後、俺たちは一斉に吹き出した。先ほどの沈んでいた気持ちがどこかへ吹き飛んだかのように清々しい。そしていつぶりにこんなにも笑えて感情を表に出せた気もする。 ずっと閉じていた蓋が壊れたかのように溢れ出す感情の波。 お兄ぃ、また泣いてる?悲しい? そう言い出した弟。 なんで?俺は今すごく楽しいよ?嬉しいよ、何言ってるの? お兄ぃ、戻ってきた?戻ってきた? 戻ってきたって……何?どういうこと? お兄ぃどうしたの?大丈夫? 何故だろうか、いつもと同じ顔なのに……なにか違う、ちがう、チガウ。 お兄ぃ、もう楽に……なろっか さっきまで見ていたはずの笑顔、可愛い、かわいい、カワイイ笑顔のはずなのに、なんでどうしてなんでなんで......。 俺の体は小刻みに震えだし、全ての毛穴から汗が溢れ出すようだった。 目の前には俺の大好きな表情を浮かべていた弟。徐々に視界を覆う弟から目が話すことは出来ず、弟の胸に収まる俺の頭。 ”さよなら お兄ちゃん”   おやすみ お兄ぃ 耳元で聞こえた弟の声と知らない少女の声。 それを最期に俺の意識は消えた。 END
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