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最初の犠牲者は二つ歳の離れた妹だった。 体育の授業終わり、用具を戻そうと倉庫に向かった姿を妹の友人が目撃していた。その後すぐに物凄い音がした為、その友人は慌てて倉庫を見に行ったそうだ。するとそこには崩れた用具棚の下で血を流している妹がいたらしい。すぐに病院に搬送されなんとか一命は取り留めたが、いつ意識を戻すかは分からないと医者に言われたと弟伝手に聞いた。 それから2ヶ月ほど経った時だ。 二人目の犠牲者は母親だった。 その日の俺は弟と一緒に昼飯にカップラーメンでも食べようとしていた時だ。インターホンが鳴り、母親が対応のために玄関の扉を開けた。次の瞬間聞こえた肉の裂けるような、焼けるような何とも言えない音の後に聞こえた甲高くもがき苦しむような声が家中に響くようだった。隣に座っていた弟は体を大きくビクつかせ、俺の腕を思いっきり抱きしめた。その大きな目を力いっぱいに瞑り溢れ出す涙。あーこの顔そそるな、と余計なことを考えられるくらいには俺の心は落ち着いていた。俺は弟を安心させるように優しく頭を撫でてやってから席から立っていつの間にか静かになっている母親の様子を見に行く。 母親は仰向けに倒れており、その顔面は酷く焼け爛れ目玉は溶けているようだ。元の原型を止めていない。リビングの扉からは弟が少しだけ顔を覗かせていた。俺は弟から見えないように母親だったものを自身の体で隠しながら弟の元に戻った。大丈夫、そう言って俺は弟から離れ、警察へと連絡を入れる。その間も弟はずっと俺にくっついていた。 そして数分して警察が来た。俺と弟は事情聴取のために一度警察署へと連れて行かれた。子供二人だけであの家に居たくなかった俺たちはついでに”保護”された。 母親があんな姿になった日、俺たちは二人一緒にいた事、インターホンが鳴って母親が対応しに玄関に向かい扉を開けた途端に嫌な音と悲鳴が聞こえた事、様子を見に行った事を話した。母親を殺したと思われる凶器等も見つかっておらず状況証拠も無かったため俺たちは一応無実になったようだが、事情聴取の時やけに弟について聞かれすごく訝しんでいるようだった。 後日学校へ行くと周りは好奇の目で俺を見てくる。鬱陶しいな。面白いネタを見つけた、そんな感情を隠せていない奴らが”可哀想に”とか”大変だったな”とか言っても内心ではこれっぽっちも思っていない事なんて手に取るように分かる。そんなものはただただ鬱陶しいだけだ。そんな奴らはさっさと”死んでしまえばいい”そう思わずには居られなかった。今日一日好奇の目に晒されて終わった。 家に帰れば弟がリビングのソファの上で膝を抱えて座っていた。そっと頭に手を置くと、小さく体が跳ねた。俯いていた顔を上げ、俺を見上げるこの顔は俺と同じ、いや年齢が低い分俺よりも質が悪かったんだろうなって容易に想像は出来る。目に涙を溜め俺に向かって両手を広げ伸ばしてくる弟を抱き上げつつ俺はソファに座った。大丈夫、気にするな、そう声を掛けながら涙で濡れるシャツも気にすることなく頭を撫で続けた。 俺たち二人しかいない空間、弟の口から漏れる嗚咽だけがこの空間に響いていたが、それも次第に小さな吐息へと変化していった。しばらくそのままの時間を過ごしていたが、思い立ったように弟を抱き抱えながらソファから立ち上がり、二階の自室へと運んだ。ベットへ寝かせ頭を一撫でしてやれば弟の顔が微かに和らいだ。寝てる時くらいはいい夢見よろな、そう小さく呟いて俺は家を後にした。 向かうは病院、とその前に花屋にでも寄っていこうか。何の花が好きだったか、何色が好きだったか、そういえば弟の事は大事にしていたが、妹にはそこまで興味がなかったな。まあいいや、店員さんにお任せで作ってもらって適当に持っていこう。 こうして俺は店員さんに作ってもらった花を持って病院に向かった。 病院へは歩いて十五分かそこら。母親が生きている時は一度も訪れたことがないため受付で妹のいる病室を聞いて、まだ意識は戻っていないだろうけど一応ノックをしてから病室に入る。ベッドの近くまで行き予想通りの状態の妹を確認した後、俺は花瓶を借りに一旦病室を出る。 水の入った花瓶を抱え誰もいない廊下を一人歩く。病院にはあまりいい思い出がない。ここは俺が大好きだった父親が死んだ場所。あの日から俺は変わった、俺の周りが変わった。良い方ではなく悪い方へ。いいか、”俺自身”ではなく”俺の周り”がだ。別に俺が何かしたわけではない、ただ自然とそれが”奴ら”の最期(うんめい)だったかのように。 まあたまに母親みたいに変な死に方する奴もいたけど。妹の病室に着いて花瓶を枕元の小さな棚に置いて脇にあった丸椅子をベットの傍らに置いて、そこで一息吐く。 妹は生きるだろうか、死ぬだろうか。まあどっちにしろ俺には関係のない事だけどこいつが死んでしまえば弟がきっと悲しむだろうな。元々俺じゃなくこいつに懐いていたからそれもしょうがないのかもしれないが。俺は特に妹に話しかけることもなく、眠り続けるその姿を眺めるだけ。 どれくらいの時間そこにいたのかもわからない。そろそろ帰らないと弟が心配、もしくは俺が居なくなって泣きじゃくってるかもしれない。 家に着いて玄関を開ければ、小さな足音が聞こえてくる。お兄ぃ!と声を出しながら、俺に向かって飛び込んでくる。弟を抱き止め優しく謝った。姉ちゃん元気そうだったぞ、そう伝えてやれば涙で濡れた顔を笑顔で染めた。それからは弟の好物を作ってやり、明日の準備をしてから二人で同じ布団に入って寝ることにした。
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