旅人

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結局、ユウキ議員も防衛大臣も、中央庁が引き継いで立件された。 手柄を全部渡したことで、中央の指示を無視したことは水に流されたらしい。 記憶に穴のあいたクチナシ男は、特別処遇になったと聞く。 魔女は、何の証拠もなく、捕まらないままだ。 「班長、ご迷惑おかけしました」 頭を下げる。 キーンと頭痛がする。 死者界析の後からずっとだ。 その頭を、班長の大きな手がポンと叩く。 「無事解決して何よりだ。  首が繋がって良かったよ」 班長は今回、何度課長や署長に頭を下げたのだろう。 中央庁まで引っ張り出して。 失敗したら、降格では済まないところだった。 「お前もよくやったな」 「まだまだです。  界析官として未熟です」 魔女にはいいようにしてやられた。 偽記憶形成という失敗を犯した。 班長や先輩がいなければ、少年への界析もできなかった。 教授とナナセに助けられて、死んだ者の記憶に頼った。 クチナシ男の気まぐれにまで救われた。 悔しい。 「お前、  もっと界析を主軸に捜査する気、あるか?」 「え?」 大学研究室では。 ユキカワ教授が慌ただしく支度をしていた。 「急な呼び出しだ。  まいったよ」 「嬉しいくせに」 不正献金でシステムの開発業者が摘発されたせいで、システム導入が白紙になったせいだ。 教授がチューリッヒの業者と共同開発していた記憶界析のシステムが、代わりの候補に上がったのだ。 「私が事件解決に協力したおかげだからね」 ナナセが言うと。 「分かってるよ。  君にも美味しい話をもらってきた」 「え?」 「イクノちゃん、  交通課辞めちゃうの?」 「はい」 荷物をまとめながら、ヤマに答える。 「中央庁の界析部署から分離独立する形で、  新しく界析機関が立ち上がるんです。  記憶界析の効率化のために、  研究部門もあるらしくて、  かなりの規模になるみたいです」 「そんなとこ行っちゃうんだ」 ミヤトは餞別に菓子を渡す。 「界析官に酒はダメだと聞いたから」 「お気遣いありがとうございます」 「寂しくなったらいつでも戻ってきなよ」 「サイキさんも一緒だし、  大丈夫ですよ」 「え?」 「え?」 コサカイ・ケイタの葬儀のあと。 火葬場の煙を見つめながら。 少年は考えていた。 「母さん」 「何?」 「高校、なんだけどさ」 「うん」 「どうしよっかなって」 「行きたくない?」 「うーん」 「何か考えてるの?」 迷って。 言おうかどうしようか。 笑われたり、叱られたりするだろうか。 「1年勉強しながらバイトして金貯めて、  スイスかドイツに留学しようかなって」 「そう」 医療界析の先進国だ。 母もよく知ってる。 「やりたいこと、  見つかったの?」 「まだまだ全然。  でも、  もっと色々知りたいなと思って」 「そう…」 母も煙を見ていた。 父と話しているのかもしれない。 終
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